乳がん生活:患者力:頼れるプロ

〈乳がんサバイバーに運動を、もっと安全に〉
(4)がん治療のもっとも大きな後期障害:心臓疾患

「リンパ浮腫」は乳がん治療の晩期障害としてよく耳にしますが、その他にも骨粗鬆症、免疫力の低下、関節痛など治療による影響はさまざまです。なかでも特に注意が必要なのは「心臓への影響」です。心臓への影響は大きく分けて2通りあります。

直接的な心血管系へのダメージ

放射線治療を左胸に受けた場合、心臓やその周りの組織に炎症が起きるとともに繊維化・瘢痕化を導き、心臓にダメージを与える場合があります。抗がん剤治療で使われるアントラサイクリン、タキサン系の薬剤も心筋にダメージを与え、うっ血性の心不全を起こす可能性があります。〈乳がん〉治療の2割弱に使用される分子標的薬ハーセプチン、および抗がん剤の制吐剤として用いられるデカドロン錠などのステロイド系の薬も、心臓疾患のリスクを高めます。LVEF(左室駆出率:左室収縮機能不全を診る)は、治療の前後でモニターすべきものに挙げられます。

間接的な心血管系へのダメージ

これは、〈乳がん〉に罹患する前からアクティビティが少ない生活習慣であった、もしくは罹患後の治療などでアクティビティが少なくなったことによって心臓疾患を起こすケースです。乳がんサバイバーの8割がホルモン系の治療を行いますが、閉経後のホルモン治療薬アロマターゼ阻害薬は、インシュリンの抵抗性、メタボリックシンドローム、コレステロール値の異常などの心臓疾患につながる危険因子を引き起こします。

心臓疾患のリスクがある人の運動は、慎重な配慮が必要

アメリカでは “Cardio-Oncology”(腫瘍循環器学)という言葉が生まれるくらい、既に〈がん〉治療後の心臓疾患は大きな問題となっています。UCLAジョンソン総合がんセンターのGanz教授はインタビューのなかで、「医学の目覚ましい進歩により、〈乳がん〉や〈前立腺がん〉では、〈がん〉そのもので亡くなることは稀になってきている。その反面、治療に使う化学療法の薬剤などによって、心臓に大きな負担を課していることは間違いない」と語っています。

国立がんセンターのサイトには、「上記の治療法は心臓への影響は副作用として小さい」と記されています。しかし、日本の食生活は欧米化し、生活習慣も運動不足になりがちなことは言うまでもありません。日本でも心臓疾患は〈がん〉に次いで2位の死因であり増加傾向です。そのため、上記の〈がん〉治療を受けたサバイバーは十分な注意と対策が求められます。

心臓疾患のリスクを抱えている人は、運動を行うに当たってもっとも注意が必要です。たとえば、ホルモン治療で体重が増えてきたサバイバーが、いきなり激しい有酸素運動を行うのは危険な行為です。心機能に問題がないことを確かめた上で、低い強度から徐々に行うことが大切です。

サポーター

稲葉晃子
稲葉晃子
元全日本女子バレーボール選手。現役引退後は、全日本女子バレーやさまざまな競技団などで選手育成に従事。2012年、ロマージュ株式会社を設立。2017年、乳がん発症。左乳房全摘とリンパ郭清、抗がん剤、放射線治療、1年間の治験を終え、現在はがん専門エクササイズトレーナーとして運動指導を行いながら、オリンピックをめざす陸上選手の強化にも注力している。

資格:米国スポーツ医学会・米国がん協会認定Cancer Exercise Trainer / 米国NATA認定Athletic Trainer


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