インタビュー

患者さんに聞く

不安に怯えている自分が「もったいない」。 開き直って好きなことだけを楽しむ

伊佐美佐

伊佐美佐さん

ISAMISAデザインスタジオ代表。
大学卒業後、大手アパレルメーカーで婦人服の企画・デザインに従事。
41歳のとき、心臓の上に希少がんのひとつ「全縦隔胚細胞腫瘍」が見つかり、化学療法・外科手術を行う。
退院後、自らの体験とスキルを活かし、抗がん剤治療の副作用で脱毛した患者さん向けに取外し可能な医療用髪付き帽子「wishing cap」を考案、特許取得。
2005年より、患者さんにインターネットでの直接販売を開始。今年で16年目を迎える。
生来の楽観主義者で体力回復のために出会った和太鼓にはまり、現在はJAZZを唄うことに夢中。美味しいお酒にも目がない。

抗がん剤で脱毛。「ムダ毛なんてないんだなあ~」と妙に感心も

〈ら・し・く〉
伊佐さんに〈がん〉が発症したのはいつ頃で、どのような治療をされたのでしょうか?
伊佐
〈がん〉の発症は、2001年1月、41歳でした。高熱で緊急入院、3㎝の胸部腫瘍が見つかりました。そのときは奇形種(良性腫瘍)で手術により完治の可能性が高いと診断され経過観察することになったのですが、9月のMRI検査で腫瘍が8㎝と大きくなっていたんです。それで腫瘍マーカー検査により、〈希少がん〉の一種「前縦隔胚細胞腫瘍」抗がん剤治療を開始しました。1クール3週間として、3剤混合の抗がん剤治療を入院して1週間続けて投与し、その後の2週間は1剤のみを週一回投与して、4クール(約3か月)続行。1月の下旬に抗がん剤治療が功を奏し腫瘍が小さくなったため、手腫瘍摘出手術を受けました。

〈ら・し・く〉
副作用は、どんな感じでしたか?
伊佐
抗がん剤で脱毛しました。毛髪、睫毛、眉毛、鼻毛、脛毛やアンダーヘアまで(笑)。それぞれに困ったことが起きて、「毛にもそれぞれきちんと役割があって、ムダ毛なんてないんだなあ~」と妙に感心してしまいました。脱毛は心への影響も大きく、また「術後2年間は再発率50%」と告げられ、不安になりましたね。

吐き気も酷く辛かったですね。味覚障害、手や足のしびれ、手に力が入らず細かい作業ができない、などなど…最後に爪が黒く変色したのを見たとき、なぜか思わず涙が溢れてきたのを思い出します。「それまで、知らず知らずのうちにじっ~と耐えてたんだなあ」と泣き笑い…。手術の後遺症としては、体のなかで「グイッ」と引っ張られているようなツッパリ感が2~3年続きました。

家族のサポート、友人の普段どおりの会話…どれもすごくうれしかった

〈ら・し・く〉
そのとき、振り返るとどのような気持ちでしたか? 病気のこと、日常生活への影響、家族や友人との関係なども含めてお話しください。
伊佐
子どもがまだ小さくて学童保育中でしたが、先生に打ち明けたらすごくサポートしてくれて大きな力になりました。子ども自体は脱毛した自分の外見に反応して、最初はびっくり。でも、それが笑いになって、かえって良かったと思います。

夫は仕事で忙しかったにもかかわらず病院には来てくれたり、義理の母が子どもの保育園のお迎えをしてくれてサポートをしてくれました。友人たちも、〈がん〉であることを伝えても普通に接してくれたのがうれしかったですね。

家族のサポート、〈がん〉で悩む患者さんに何か恩返ししたい。
この気持ちが『wishing cap』を着想したきっかけ

〈ら・し・く〉
〈がん〉をきっかけに今のお仕事を始められたということですが、その経緯はどういったことですか?
伊佐
治療終了後「術後2年間の再発率が50%」という宣告を受けたとき、「期限付きの人生かもしれない」と改めて意識したんです。そして、患者のQOL(生活の質)向上のための研究目的ということで、入院中にインタビューを受けたことも思い出しました。その際、「もし治療に成功し生還できたら、〈がん〉で悩む患者さんのために何か恩返しがしたい」と話していたことを思い出し、「私ができることは、何だろう」と考えるようになりました。

そこでピンときたのが、脱毛して辛かったときに帽子から前髪と生え際を見せてかぶっていたら意外に気づかれなかったこと。「帽子に取り外しできる髪の毛がつけられたら、心にも身体にも心地よいのでは 」「ウィッグをずっとかぶっていると、汗や頭痛に悩まされて辛い。かといって帽子だけだと生え際が気になる」。このどちらの悩みも解消できたら、部屋の中なかでかぶりやすく快適な帽子ができたら…とアイデアが浮かんできたのです。長年アパレルでデザイナーとして積んできたキャリア、そして患者としての体験が活かせると感じました。

〈ら・し・く〉
『wishing cap』の開発では、かなり試行錯誤されたようですね。
伊佐
私はウィッグを使わず帽子で過ごしてきたので、髪をパーツとして帽子に取りつける発想が生まれました。帽子を二重構造にしたり、インナーキャップのサイズを調節できるようにしたり、試作品を何度もつくり、試行錯誤して半年で何とか形になりました。脱着可能な髪の毛付き帽子『wishing cap』が完成したんです。

ありがたいことに病院でインタビューしていただいた看護師の方の尽力もあって日本がん看護協会学術集会に出展することができ、患者さんに直接お届けできるようにと会社を立ち上げ現在に至っています。営利目的で始めたわけではなく2005年の創業以来ずっと一人で活動しておりましたが、やはり会社運営はたいへんで何度も辞めようかと思いました。しかし、そのたびにたくさんの方々や患者さんに助けられ、ここまでやってこられたと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

『wishing cap』が「暮らしを楽しむツール」になれば…

〈ら・し・く〉
この医療用の髪つき帽子をどんな方におすすめしたいですか? また、効果的な使い方などがあったら教えてください
伊佐
今、抗がん剤治療は外来で通院治療が主流になっており、治療も日常生活の一部となっています。『wishing cap』を使うことで、毎日の生活を前向きに過ごしてもらえたら、そして外出やおしゃれを楽しむ気持ちになってもらえたらと思っています。

ウィッグをかぶるシーンもありますが、長時間ずっと使うのはたいへんです。ちょっとしたゴミ出しやスーパーでの買い物、自宅でリラックスするときなどは『wishing cap』をかぶるというように上手に使い分けて、毎日を快適に過ごせるようにしてもらえるとうれしいですね。

〈ら・し・く〉
いくつか特長があるみたいですね。使い方のヒントも含めてご紹介ください。
伊佐
『wishing cap』最大の特長は汗対策です。脱毛すると、大量の汗をかきます。そこで、頭皮に当たる部分は吸汗速乾素材を使用して汗を吸う工夫を施しています。帽子1枚かぶれば、髪が見えて自然ですよ。また、副作用で手がしびれている方も、スナップで簡単に髪が着脱できることもポイントです。

さらに、フルウィッグは髪が生えてきたら不要になりますが、『wishing cap』だと髪を取り外せば治療が終わってもずっとご使用いただけます。自毛回復の途中でもスムーズに移行できるので、自然に自毛デビューできますよ。

将来の不安はとりあえず置いといて、今は楽しむこと。これで、気持ちがかなり軽くなった

〈ら・し・く〉
〈がん〉が発症した後、このお仕事を含め、気持ちや生き方など、変化はありましたか?
伊佐
つらかったのは、意外にも自宅に戻っていたときでした。普通の生活に戻ったときの孤独感や再発の恐怖で眠れない日が続いたんです。でも、いつしか不安に怯えている自分が「もったいない」と思えるようになり、気持ちが切り替わりました。時間は限られている、いい意味で開き直って好きなことだけやろうと。それで、体力もつくと思い、今では和太鼓を楽しんでいますよ。

〈ら・し・く〉
現在、治療されていて仕事や日々の生活に悩まれている方にメッセージがあればお願いします。
伊佐
「一日を大切に生きる」というのは難しいですが、私の場合「将来の不安はとりあえず置いといて、楽しむ」ということにしてから気持ちがかなり楽になりました。

インタビュー掲載日:2020年5月22日


伊佐さん、ありがとうございました。治療後に製作を始められた「髪の毛付の帽子」が多くの〈がん〉を克服しようとしている方に役立てるよう祈っています。