インタビュー

患者さんに聞く

主人とHBOC医療チームの力が、大きな不安を解消してくれた

稲葉晃子

稲葉晃子さん

がん専門エクササイズトレーナー
元全日本女子バレーボール選手。現役引退後は、全日本女子バレーやさまざまな競技団などで選手育成に従事。2012年、ロマージュ株式会社を設立。2017年、乳がん発症。左乳房全摘とリンパ郭清、抗がん剤、放射線治療、1年間の治験を終え、現在はがん専門エクササイズトレーナーとして運動指導を行いながら、オリンピックをめざす陸上選手の強化にも注力している。

〈資格〉
米国スポーツ医学会・米国がん協会認定Cancer Exercise Trainer
米国NATA認定Athletic Trainer

▼ロマージュ株式会社
https://www.romage.net

HBOC医療チームのサポートで摘出手術を決断

〈ら・し・く〉
稲葉さんは、もともとどんな仕事をされていたのでしょうか?
〈がん発症〉のときのお仕事の状況も併せて教えてください。
稲葉
女子バレーボールの実業団チームに所属していた私は、全日本選手としての経験から日本選手強化の必要性を感じて米国留学し、米国NATA認定アスレティックトレーナーとして活動していました。〈がん発症〉のころは、アスリートだけではなく腰痛患者や高齢者など幅広く運動指導を行っていました。

〈ら・し・く〉
〈がん〉が見つかったあと、どのような治療計画だったのでしょうか?
稲葉
私の場合、トリプルネガティブのサブタイプと診断されて、さらにBRCA遺伝学的検査を受け、〈遺伝性乳がん卵巣がん症候群〉(HBOC)*と診断されました。そして、リンパ節転移があったので、治療は「乳房全摘出術+リンパ節郭清術 → 抗がん剤治療 → 放射線治療 → 治験」という計画のもと行われたんです。加えて、予防的に卵巣と卵管、子宮も切除しました。

*遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)
〈乳がん〉〈卵巣がん〉のなかで、遺伝性の〈がん〉。遺伝性の〈がん〉のなかでも頻度が高く、また研究が進んでいる病気。BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子に病的変異が見つかった場合に、「HBOC」と診断される(編集部注)。

〈ら・し・く〉
その治療方法はアンジェリーナ・ジョリーさんが公表して有名になりましたが、
稲葉さんがお受けになったころはあまり一般的な治療ではなく、
保険適用外で費用もけっこうかかったかと思います。
そんななかで、先駆者の患者さんとしてどんなお気持ちだったかお聞かせください。
稲葉
アンジェリーナさんはまだ〈乳がん〉も〈卵巣がん〉も発症していない時点での全摘出術でしたので、私のケースとは少し違うかと思います。もし、〈乳がん〉の発症がなかったら、「卵巣/卵管+子宮」の摘出手術は躊躇したかもしれません。しかし、主治医をはじめとするHBOCの医療チームのサポートのおかげで決断に至りました。

心身ともに健康であることが「最大の防御」

〈ら・し・く〉
〈がん〉が見つかったときの気持ちについて教えてください。
気持ちの整理ができてきたとか、気持ちのその後の変化についてもお話しいただけますか。
稲葉
今考えると、当時はとても不思議なくらい ”ぼーっ” としていました。〈がん〉を発症したことよりも、「会社はどうなるのだろう?」とか、運動指導だけではなくヘルスコンサルタントとしても活動していたので、「〈がん〉って不摂生な生活の人が発症する病気では?」という不安のほうが大きかったですね。その気持ちを和らげてくれたのが、主人とHBOC医療チームの先生方ですね。

〈ら・し・く〉
〈がん〉になった前と後で何かお仕事との関わり方など、
変わったことや変わらなかったことがありましたら、教えてください。
稲葉
HBOC医療チームに所属する遺伝子部の先生から、「40歳までに〈がん〉を発症すると言われているHBOCで、54歳まで発症しなかったことは、これまでの生活環境が悪くなかったからでしょう」と言われたことが、何か精神的な切り替えになったことを覚えています。

〈がん〉の発症原因はさまざまですが、やはり心身ともに健康であることが最大の防御です。そのためには食事とか運動といった生活スタイルがやはり重要な指針になりますね。つまり、からだを大事にすることです。そうでないとQOL(Quality of Life)が低下してしまい、精神的なストレスに苛まれていきます。仕事にこの教訓が生かせるように日々努めています。

からだを動かすことを習慣づけ、
「早期発見」「早期治療」につながる検診を受けてほしい

〈ら・し・く〉
稲葉さんは現役時代、バレーボールで活躍されていましたが、
現在も〈がん〉の予防にもつながる「運動」に関わるお仕事をされていると聞いています。
その内容をお聞かせください。
稲葉
運動に関わる仕事は、〈がん〉が発症する前に設立したロマージュで始めていました。そのときはコアヌードル*を使用して「腰痛」を緩和する運動が中心でしたが、〈がん〉治療後はオンラインで〈がん〉発症を抑えることに有効とされる運動(まずはからだを動かすこと)を発信しています。また、現在はからだを動かすことをテーマとしたオンラインのコアヌードルのレッスンを再開しています。

*コアヌードル
背骨まわりの固有受容覚にフォーカスをあてた多目的な運動ツール(編集部注)。

〈ら・し・く〉
やはりそうした運動こそ、〈がん〉を予防するための最短で最善な方法だと思われますね。
稲葉
そうですね、からだを動かすことは何より大切です。加えて現在の社会には、「早期発見」に向けたさまざまなキャンペーンやイベントがありますから、ぜひ、それに耳を傾け、〈がん検診〉を受けてもらいたいと思います。

しかし、当時、私にとっては他人事でした。「まさか自分が罹患する」とは思っていませんでした。これは、多くの人も同じでしょう。しかし、それは大きな間違いです。私は医療のおかげで命を救われましたが、失くしたものも多くあります。リンパ郭清術のために左肩は前みたいに使えません。バレーボールは難しいでしょう。〈抗がん剤〉の後遺症のために両足先は末梢神経障害を起こして、いつも足先はしびれて走ることは厳しいでしょう。つまり、私のQOLはとても低くなってしまっているわけです。朝起きたときにベッドから降りて、足先を床に着けた瞬間にいつも忘れようとしていることを思い出させられます。もう取り返しがつかないのです。

もし、私が6年前の私にアドバイスできるなら、「今すぐ、少しでも早く検診に行くように」と。そうすれば、たとえHBOCでもリンパ郭清術も〈抗がん剤〉も必要なかったかもしれません。そう思うととても悔やまれます。

とにかく、からだを動かすことを習慣づけ、「早期発見」「早期治療」を実現するために定期的な検診を受けること。これは、本当に重要です。

インタビュー掲載日:2022年5月16日


稲葉さん、本日はありがとうございました。からだを動かすレッスンを発信し続けてもらい、一人でも多くの方に「早期発見・早期治療の大切さ」を伝えていただけるよう、活動を応援しています。