自分らしく

両忘

仏教に「両忘」という言葉があります。禅語として有名ですが、善悪、苦楽、生死、美醜など相対的な見方を離れ、二元的思考から脱却することを意味します。

日々の生活、どうしても「それは善」「あれは悪」など物事を比較したり、価値観を固定してしまうことが多いものです。この言葉はそうしたものの見方を捨て、「先ずは現状をしっかり受け入れるところが肝要」であることを意味しています。また、このなかには仏教が説く執着を離れることに通じる教えが含まれています。

世の中にある全ての物事は何が本当に正しいのか?…凡夫である人間にはわからないものです。物事の価値や評価は時流、自分の立場や利益などによっても変わります。まして、病気や怪我で患えば、ことさら悲観的に判断しがちです。姿形、身体的要素を含め悩み尽きないのが普通です。

しかし、仏教では生老病死の四苦は物事の真理として捉えます。そもそも生きること自体が苦なのですから、長い人生どんな苦難があっても不思議ではありません。であれば、その時々、自分に残された可能性を最大限に活かすことが苦を滅する道に繋がっているのです。

「〇〇でなければいけない」「どちらが良い・悪い」と決めつけるのではなく、あるがままを受容し、曖昧のなかに生きることも物事の真理を見るよい機会だと存じます。拘りから離れ、両方を忘れる。時にはこの「両忘」という言葉を思い出し、心を軽くしてみてはいかがでしょうか。

合掌

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真船雅永
真船雅永
僧侶、M&Tビジネスキャリア研究会代表。

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