乳がん生活:患者力:患者力アップのヒント

人生のパーキングチケット

一冊の本との出会い

『ひとまずがんの治療を終えたあなたへ』という本の背表紙を見たのは、病院の本棚でした。今から6年ぐらい前のこと。〈乳がん〉の告知から右乳房全摘手術、抗がん剤、放射線とジェットコースターに乗せられたように受けた治療を、まさに“ひとまず”終えたころでした。

あのとき、治療を終えたら終えたで、この先の不安でいっぱいになっていました。こんなタイトルの本があるのは、私のように治療後の“もやもや”を抱えている人が世の中にはいっぱいいるのだなあと光を見たようでした。

正面から超豪速球を投げ込まれたようなショック

〈がん〉って、治療が始まったところで「本物の患者」になってしまうような感覚があります(ありませんか?)。これまで経験してきた多くの病気は、治療すると「元に戻れる」感覚でした。風邪薬で風邪が治るような感じです。〈がん〉だって治療をすれば、以前の「わたし」に「わたしらしく」戻れると思っていました。

〈がん〉の種類、ステージ、治療によって感じ方に個人差はあると思いますが、私は「治療によって自分が変わってしまった」というココロとカラダのダメージが今も続いているのが本音です。

いま、これを読んでくださっている初発、再発に関わらず治療中の人、経過観察中の人、いろいろな人の運命に少なからず影響を与える〈がん〉という病気。どう向き合うのか、自分の“いのち”に限りがあると、正面から超豪速球を投げ込まれたショックは大きいです。

人生における一旦停止の標識

冒頭の本と出会ったころの私は迷っていました。「近く死ぬかもしれない」「どうやって生きていこうか」…仕事をバリバリしていたつもりだった私は、「治療前と同じように仕事ができなければ自分に価値もない」「今まで積み上げてきたものは何だったのか」、そんなことにこだわっていました。

そんなとき、初めて写経というものを経験したときに説法で「かたよらない こだわらない とらわれない」という言葉を耳にしました。寺のお堂で、ひとりになった瞬間に涙が溢れました。「私、泣きたかったんだ。強がっていたんだ」。これまでも泣いてきたけれど、そのときの涙は心が浄化されるようでした。涙のおかげで素直になれました。そして、「何にこだわっているんだ、私は」と気持ちが軽くなったのです。

私は〈がん〉の罹患で、人生の一旦停止ができてよかったと思っています。人生の横断歩道で立ち止まることができ、「道の向こう側の人も見えないだけで、見せないだけで辛さやしんどさを抱えている」と思えました。

患者力は、健康なときから養われている

〈がん〉に囚われたおかげで、自由にしてもらったような気がします。「キャンサーギフト」ではなく、「パーキングチケット」をもらった感じです。人生のアクセルを再び踏み出すために駐車するためのチケット。そう考えると、「生きることは足を知ること」だとも言えますね。

今、私は私の命の使い方。使命を感じて「がん教育」の外部講師として活動を始めました。「がん教育」は学習指導要領でも明記されている授業です。子どもたちに「がんの正しい知識」の発信と「いのちの大切さ」を外部講師としてお話ししています。こうした活動を続けているうちに、「患者力って、健康なときから養われているものなのかな」と考えるようになりました。 

次回、チャンスがあったら「がん教育」のことをご紹介します。

サポーター

小口浩美
小口浩美
テレビ番組ディレクター。50歳代。長野県在住。
フリーランスのディレクターとして、ドキュメンタリーやニュース、情報系番組などの制作に携わる。2015年、乳がんで右乳房全摘手術。その後、化学療法、放射線治療を受け、現在、ホルモン療法中。がんサバイバーになったことがきっかけで、正直に生きることを心に、野球観戦に夢中。

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