インタビュー

医療従事者に聞く

『がん情報サービス』をWebと紙媒体で展開し、多くの人を支えていく

若尾文彦氏 対談写真

若尾文彦 氏

国立がん研究センターがん対策情報センター本部 副本部長

1986年に横浜市立大学医学部卒業し、1988年国立がん研究センターレジデント、1991年がん専門修練医を経て、1992年国立がん研究センター中央病院放射線診断部医員、1998年同医長を歴任。画像診断医として、腹部実質臓器の画像診断に従事しながら、国立がん研修センター情報副委員長としてホームページからの〈がん情報〉の発信などに取り組む。

2006年10月がん対策情報センターの開設に伴い、センター長補佐、情報提供・診療支援グループ長を併任し、『がん情報サービス』(ganjoho.jp)の運用などに従事。2012年には、国立がん研究センターがん対策情報センターのセンター長に就任。そして、2021 年より国立がん研究センターがん対策研究所 事業統括、2023 年より国立がん研究センターがん対策情報センター本部 副本部長。

国立がん研究センターでの経験が大きなターニングポイント

〈ら・し・く〉
若尾さんは、いつころから医師を目指されていましたか?
若尾
小・中学生のころから理科が好きでした。高校2年までの「宇宙・地球物理」への興味からもっと身の回りのことである体のことへと興味が移り、医学部を目指すようになりました。

ただ、手先が器用ではなかったので、専門を考えたとき「外科というより内科系かな」と思い、物理・機械などに関心があったことから放射線科に興味をもっていました。

医学部5年生になって、国立がん研究センターの医師による講義を聴く機会がありました。それまで放射線科の仕事は「病気を見つけるまで」と思っていましたが、その講義では「病気を見つけて、それがいいものか悪いものか判断し、どこまで病状が進んでいるかなどを把握すること」だと論理的に説明され、目からウロコの思いでした。

そんなとき、夏休みに国立がん研究センターで勉強できる機会を得、2週間ほどいる間に緻密な読影にふれることができました。また、カンファレンスで放射線科のプレゼンや術前術後の診断など、さまざまなカルチャーショック的な経験をして放射線科を目指すことになりました。

〈がん〉情報の提供サービスは幅広く、とても重要な業務

〈ら・し・く〉
1988年に国立がん研究センターに入職されて放射線診断部に所属され、以来一貫して〈がん〉と関わっていらっしゃいますが、そのきっかけはなんだったのでしょうか?
若尾
私が学んだ横浜市立大学医学部ではローテーションの仕組みがあり、「放射線科 → 内科 → 外科 → 放射線科」と経験をして2年が過ぎたころ、国立がん研究センターで「レジデント募集」(※)というポスターを見て受験し、国立がん研究センターで勉強(修業)する機会を得ました。

※編集部注
▼レジデント
医師免許を取得して間もない医師を、レジデント(研修医)と呼ぶ。国立がん研究センターの場合は、文字どおり“住み込み”となる。

〈ら・し・く〉
2006年にはがん対策情報センター開設にあたり、『がん情報サービス』(ganjoho.jp)の立ち上げ・運用に従事されることになりますが、〈がん情報〉の分野で働きたいというご希望をおもちだったのでしょうか? また、サービス立ち上げの思いやお考えをお聞かせください。
若尾
1993年にスタートした国立がん研究センターでスーパーコンピューター導入プロジェクトのメンバーとなり、プロジェクトの画像部分を担当しました。そこでは放射線の画像データベース作成、3次元画像構築の診断応用、電子カルテ情報のAI解析、情報提供などに関わり、画像診断や画像解析の活用を経験しました。

プロジェクト終了後、情報センターを立ち上げる話が出てきました。これは情報発信だけでなく医療支援も展開するサービスで、患者・市民パネルのスタートアップ、診断のお手伝いや統計情報の集計・提供など、業務内容はかなり幅広い範囲に広がっていきました。インターネットが広がり始めたころでしたので、ますます正しい情報の提供が必要とされている時期だったと思います。こうした時代背景もあって、私自身も情報提供の業務にはかなりの関心をもっていましたね。

〈がん〉に関する最低限の知識、確かな情報の在処は早くから知っておきたい

〈ら・し・く〉
一般の人が医師と対等なコミュニケーションを交わすにはかなりの壁が立ちはだかり、患者の多くは質問することさえためらうのではないでしょうか。そういう状況を払拭するため、多くの人が〈がん〉に関する情報リテラシーを上げるべく最初にネットで検索します。しかし、そこで待ち受けるのが玉石混交の情報であり、目的のWebサイトにはなかなかたどり着けません。

「欧米に比べて日本のネット検索では、目的の情報にたどり着ける人が半分以下」と聞いたことがあります。このような状況はなぜ生まれていると思われますか?
若尾
「患者さんがどこから情報を取っているか」という内閣府世論調査(※)によると、トップは病院の医師・看護師や相談窓口、その次が〈がん〉相談支援センターなのですが、インターネットと〈がん〉情報サービスを足すと約5割の方がネットを情報源にしています。

本来なら主治医がもっと情報を提供すべきだとは思いますが、患者さん側の遠慮などもあり、また医師も診療時間が限られていて、主治医からの情報発信が難しいのではないでしょうか。そんな状況もあり、患者さんはインターネットに頼る方が増えていると思われます。

少し古い内閣府の世論調査(2016年)では、「2人に1人が〈がん〉に罹患する」「5年生存率は50%を超えている」というデータをご存知の方は3分の1という結果が出ています。つまり、〈がん〉を体験していない方には「〈がん〉は稀な病気で不治の病」というイメージが残っているため、告知されると想定外の大事件と感じて慌ててネット検索を行い、耳触りのいいことを言っている自由診療に引っかかってしまったり、仕事を辞めてしまうということが起きてしまうわけです。

2018年の研究論文ですが、日本で「肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん、肝がんの治療・治癒」で検索してみたら、247のWebサイト中、科学的根拠に基づいたものは10%しかなかったという結果が出ています。ですからネットの情報は注意しないといけないし、医療機関であっても間違った情報を出していることもあります。

Googleが検索結果を掲示するプログラムの改善を繰り返していますが、検索結果で問題があるWebサイトが上位に掲出されることが問題となっていました。特に、WELQ問題(※)が公になる前はかなりひどい状況だったと言わざるを得ません。WELQ問題に対処するため、Google検索で医療機関が上位に表示されるよう改善されましたが、自費診療やちょっと怪しげな医療を提供している「医療機関」が未だに上位に出てきてしまいます。

ですから、〈がん〉になる前から最低限の知識をもっておくこと、世の中には間違った情報があふれていて、医師であっても根拠のない情報を発信していること、確かな〈がん〉情報はどこにあるということを知っておいていただきたいと思っています。

※編集部注
▼内閣府「がん対策に関する世論調査」2023年7月
がんの治療法や病院に関する情報源
https://survey.gov-online.go.jp/r05/r05-gantaisaku/gairyaku.pdf

▼WELQ(ウエルク)問題
2016年大手IT企業DeNAが運営していたWELQ(ウェルク)という健康・医療情報Webサイトが、医学的に根拠のない多くの情報を掲載し、ずさんな内容にもかかわらずSEO対策に力を入れ、検索上位に掲出されたことが問題となり、閉鎖に追い込まれた。

〈ら・し・く〉
そのためにも、『がん情報サービス』(ganjoho.jp)の周知徹底が望まれるところかと思いますが、どのくらいの認知度で、Webサイトを訪れるのは年間何人くらいなのでしょうか? 目標としている水準と比べて、どのような状況、達成率でしょうか?
若尾
2023年だと、ユーザー数が1,830万人、5,124万PVとなり、『がん情報サービス』の利用者はかなり増えてきています。特に前述のWELQ問題を経て、Googleのおかげで2018年からPV数もぐんと伸びています。

2022年夏にWebサイトリニューアルをしてからは見やすくシンプルな画面になり、またPCではなくスマホ画面を前提としてデザインしているので、だいぶ使いやすくなっているかと思います。特に目標値などは定めていませんが、内閣府の世論調査で2018年の調査と比べて『がん情報サービス』は16.6%から22.8%に増加しています。さらに上を目指していきたいと思っています。

『がん情報サービス』は、「公平性」「中立性」「バランス」を重視した運営

〈ら・し・く〉
『がん情報サービス』(ganjoho.jp)の特徴を教えていただけますか? また、このサービスの効果的な使い方はどのようなことでしょうか?
若尾
まず、このWebサイトは〈がん対策基本法〉をベースに構築されていて、国立がん研究センターだけで制作しているわけではありません。がん関連学会、全国のがん拠点病院(※)、患者パネルなどに原稿作成のご協力いただき、外部委員を含む編集委員会を経て総合的に判断して、「公平性」「中立性」「バランス」を念頭に運営しています。特にわかりやすさを重視し、「患者さんにとってつらい表現になっていないか」など細かいチェックを行っています。

ページの構成としては、「一般向け」「医療者向け」、そして「統計」に分類されています。患者さんは自分の〈がん〉から入って、その後、細分化されたページに着地できるようになっています。たとえば〈胃がん〉の場合、「胃がん」をクリックすれば、「胃がんについて」「検査」「治療」「療養」「臨床試験」「患者数」「予防・検診」「関連リンク・参考資料」といった情報にたどり着けます。〈がん〉ごとに8ページ構成になっていて、音声対応もできます(〈希少がん〉は1ページ)。内容については、ガイドラインの改定を受けてアップデートしています。さらに各学会でそれぞれの分野から協力いただける医師を推薦してもらい、原案の時点でチェックをしてもらっています。

※編集部注
▼がん拠点病院
全国どこでも質の高い〈がん医療〉を提供することができるよう、全国にがん診療連携拠点病院を456か所(都道府県がん診療連携拠点病院51か所)、地域がん診療連携拠点病院357か所、特定領域がん診療連携拠点病院1か所、地域がん診療病院47 か所を指定しています(令和5年4月1日現在)。

厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html

▼がん情報サービス がん拠点病院一覧
https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotenlist

〈ら・し・く〉
その他の機能として便利なコンテンツはありますか?
若尾
「病院探し」もできるようになっています。自分の〈がん〉や希望する治療法などを選ぶと、それができる病院が全国のがん拠点病院のなかからリストアップされます。「統計」からは、ステージごとの症例数なども出ているので、どこの病院で実績が多いのか判断の目安にできます。あとは、よくニュースになる「生存率」は数字の羅列でなく、グラフで見やすくなっています。50音順から探せる「用語集」も便利ではないでしょうか。

また、白血病やリンパ腫などの血液の〈がん〉は非常に治療のアップデートが早いので、研究班のページを介することで、例外的に民間の製薬会社の研究のWebサイトにリンクできるようにしています。

「院内がん登録」では、〈がん種別〉、ステージ別の実績件数を見ることができるので参考にしていただけます。臨床試験を探すデータベースでは、「カテゴリーで探す」に加え、「チャットで検索」という探しやすい工夫もしています。さらに、試験の情報から各病院の担当窓口の連絡先までつなげるようにしています。

〈がん〉に罹患されたばかりのビギナーにはまだまだ『がん情報サービス』は知られていないので、罹患前から知っていただききたいですね。

インターネットに遠い人には、紙媒体の『がんの冊子』を制作

〈ら・し・く〉
『がん情報サービス』はとてもよいWebサイトですが、ネットによる情報を得にくい人がまだかなりいるかと思います。高齢者だけの家庭が多い地域では、〈がん〉の冊子が頼りでしたが、これもだんだんネット情報へと変わりつつあるようです。ネット情報にアクセスできない患者さんに対しては、何か情報提供の方法はないものでしょうか?
若尾
当初は計画していなかったのですが、「高齢の患者さんのために冊子がほしい」という患者委員の方の声があり、『がんの冊子』の制作を始めました。PDFで印刷できるようになっているとともに、全国のがん拠点病院のがん相談支援センターで手にとることができます。がん相談支援センター以外に、全国の図書館624か所で展開しています。『がん情報ギフトプロジェクト』ということでご寄付をいただき、事業運営に当てられています。

また、がん教育の場でも〈がん〉になる前からの情報提供が本格的に始まっています。小学校は2020年、中学校では2021年、高校では2022年から全校展開となりました。保健体育の教科書に〈がん〉の情報が記載されていますし、『がん情報サービス』やマギーズ東京(※)のことなども取り上げられています。地域では図書館での展開が始まりましたが、逆に大人が取り残されないように、地域や職域で大人向けのがん教育ができるといいですね。

※編集部注
▼マギーズ東京
〈がん〉になった人とその家族や友人などが気軽に訪れて、〈がん〉に詳しい友人のような看護師・心理士などに安心して話せる場を提供している施設。英国生まれのマギーズキャンサーケアリングセンター(マギーズセンター)の初の日本版。
https://maggiestokyo.org/

「誰でも無料」で利用できるがん相談支援センターも強い味方

〈ら・し・く〉
NHKの番組(※)でも〈肺がんサバイバー〉の方の活動を取り上げていましたが、治験や使える薬の選択肢を増やしていくなど、ますます「患者の力」が求められていると感じます。あのレベルの活動は誰でもができるとは思えませんが、まずは患者力をあげるためにはどうしたらよいでしょうか? 何か患者にアドバイスがあればお願いします。

※編集部注
▼NHK ETV特集 
患者が医療を変える 〜肺がんサバイバーの挑戦〜(2024年1月27日放送)

若尾
患者力を上げるためには、まずは疑問に思ったことを主治医に聞いてみることですね。遠慮せずに分からないことは確認することが大事です。医師が忙しい場合も多いと思うので、看護師、がん相談支援センターなど、話を聞いてもらえる場を探して、疑問や悩みをひとりで抱え込まないようにしましょう。とにかく困りごとや希望は主治医や医療者に伝えてほしいですね。

社会的にはまだまだ知られていないのですが、がん相談支援センターは「誰でも無料」で利用できます。全国のがん拠点病院に設置されていて、その病院にかかっていなくても相談に乗ってもらえますから、まずは連絡してみてください。

あとはネットリテラシーとしては、見つけた情報にすぐ飛びつかないこと。まずは疑ってみることが重要です。情報をチェックするときは「か・ち・も・な・い」というキーワードがあります。

か:書いた人は誰?
ち:違う情報と比べた?
も:元ネタは何?
な:何のための情報?
い:いつの情報?

コミュニケーションはとても大事です。医療者側からも患者さんに対して「よく調べましたね」と患者さんが頑張っていることを認めることから会話をはじめて、丁寧に対応していくことが大事ですね。

〈ら・し・く〉
最後に若尾さんのこれからの目標というか、今後の生き方(公私共に)はどのようなものか、お聞かせください。また、皆さんへのメッセージもいただけますでしょうか?
若尾
あと3年で定年となりますが、『がん情報サービス』をもっと多くの方に知っていただくため、情報発信を続けていくことに力を注ぎたいですね。〈がん〉と最初に言われたときの患者さんやご家族のショックを少しでも和らげて、適切な治療に導くことができたらと思います。そして、さまざまな支援情報を得て活用することで、QOLを高める療養生活を送ってもらいたいと願っています。

インタビュー掲載日:2024年2月13日


今回は、国立がん研究センターで長年活躍なさっている若尾文彦氏から貴重なお話しを伺うことができました。疑問に思ったことは、まずは遠慮せずに主治医に聞いてみること。これが患者力を上げるための第一歩になるそうです。