自分らしく

〈ペットの話〉(3)滑稽な意味で賢かったサブ

来訪者に牙をむいて吠えるリリーの横で太くて長い尻尾をブンブン

私が小学校3年生の半ばごろに父の転職により当時住んでいた横浜から父の故郷である兵庫県の播州赤穂に引っ越しました。リリーは引っ越し屋さんのトラックの助手席で連れてきてもらったと思います。

引っ越してから間もなく、犬好きの父はどこかから雑種の子犬をもらってきました。濃い茶色の短毛で鼻と耳の先と足先が黒い雄犬です。「サブ」と名付けられました。サブはぐんぐん育って雌のリリーの倍くらいの大きさになりましたが、おとなしい性格でほとんど吠えません。リリーは体が小さくても気が強く、先住犬として威張っていました。サブは誰にでも愛想がよく、来訪者があると牙をむいて吠えるリリーの横で太くて長い尻尾をブンブン振ります。そして撫でようとする手をこれでもかと舐めます。ちょっと迷惑でしたね。

弟は一度、「思い存分、舐めさせてやる」と言ってサブがいる庭先の縁側で、頭をサブに向けて寝転がっていました。サブは大喜びで数分間舐めまわし、弟の頭がビショビショになっていたので私がやめさせたのですが、まだ舐め足りない様子でした。

リリーもサブも利口でリードがなくてもちゃんとついてくるし、呼べばすぐに飛んできます。それで何度か2匹ともリードを付けずに散歩に出かけたことがありますが、ご近所の犬を2匹で結託していじめに行ったので、必ずリードを使わなければならなくなりました。2匹は仲良しで、お互いの体を舐めあったり、じゃれあったりするのですが、それがエスカレートして喧嘩になることもしょっちゅうでした。

リリーの後、番犬の役割を果たすはずが…

ある日リリーが妊娠していることが分かりました。父が大型の犬が庭に来ていたのを見たと言います。当時、住んでいたのは父が生まれ育った築200年以上といわれた古民家で、割合簡単に庭を通り抜けられるようになっていたのです。自分の体の倍以上の雄犬の子を宿したリリーは出産間近のある朝、口から血を流して死んでいました。お腹の子どもが大きくなりすぎたということでした。「そんなかわいそうな、ひどいことがあるのか」と、子どもの私にはたいへんなショックでした。今にすれば「リリーに避妊手術を受けさせておけばよかったのに」「大型犬の子を身ごもったことがわかったときに堕胎手術をすればよかったのに」などと思いますが、当時の父はそんな意識はなかったのかもしれません。

リリーの死後、サブは暫くしょんぼりしていました。そして、少し経つと吠えるようになりました。リリーが果たしていた番犬の役割を引き継ぐ責任を感じたのでしょうか。父は小鳥を飼うのが趣味で、小鳥のブリーダーもしていたようでした。うちの庭には文鳥やジュウシマツ、セキセイインコなどの集合住宅(父の日曜大工作品)があり、一斉にさえずり出すと、電話の声が聞こえないほどの騒音になりました。ときどき生まれたての雛を餌付けして手乗りにして、家のなかで飛ばして遊んだりもしました。

当時は近所にけっこう野良猫がいて、うちの小鳥を狙って庭に来るので、それを吠えて追い払うのはリリーの役目でした。リリー亡き後、サブも頑張ってはいたようですが、誰も見ていないと思うとサボって吠えないのです。猫が庭に入ってきたのを見つけた父が、「サブは何をしとるんや」と言うと、「アッ」と気づいて慌てて吠えます。近所で猫の喧嘩する声が聞こえたりすると、一声二声吠えて、「吠えたよ、えらいでしょ」という顔をして私を見たりします。それはきっと、本当は吠えるのが好きではないけど役目だから仕方なく吠えるという感じです。そういう滑稽な意味で、賢い犬だったと思います。

サポーター

田中麻美子
田中麻美子
青年海外協力隊で、在フィリピンインドシナ難民センターに2年在勤。外資系ブランド日本法人での事業立上や再編など、さまざまなプロジェクトに携わり、2012年から2017年末までビクトリノックスジャパン株式会社代表取締役。2018 年、スイス機械式時計ブランドOrisの日本法人を立上げ。現在、オリスジャパン株式会社代表取締役、在日スイス商工会議所役員・日本プレイワーク協会理事、大学や自治体などでの講演や執筆なども手がける。

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