自分らしく
〈絵本は心のお薬〉(16)『ウェン王子とトラ』

絵本は子どものために書かれたものですが、大人にもいいものです。心に響いたり、深い気づきがあったり、忘れていた思い出がよみがえったり…。大人の心に効く絵本を、絵本専門士で絵本セラピストの大江美保子がお届けします。
決して消えることのない我が子を殺された母親の怒り
人間に子どもを殺された母トラとその国の国王の息子・ウェン王子のお話です。
我が子を殺されたトラは村を襲うようになります。国家の安全のため、トラ狩をしようとする国王は、吉凶を占い師に伺います。占い師は「虎狩ではなく、王子をトラに差し出すように」と進言します。苦渋の末、国王は息子のウェン王子を虎に差し出します。ウェン王子とトラ、そして人間の父と母の間の心理描写を描いた壮大な絵本です。
人間に我が子を殺された母トラは、人間が憎くて憎くてしょうがない。我が子を殺された母トラの憎しみと恨みと悲しみは、計り知れないものがあります。
村を襲い、家を壊し、人や家畜を食い殺していきます。でも、人間に仕返しをすればするほど、ますます「怒り」は蘇ってきます。決して癒されることはない。
忘れようと思えば思うほど、「怒り」は蘇ってきます。忘れたと思っていたのに、何かの拍子で蘇ってきます。「怒り」という感情は、それほどまでにも強く消え難いものでもあります。
そんな母トラの元へやってきたウェン王子、疑うことをしらない無邪気で無防備なウェン王子。信じきっている瞳や行動に少しずつ母トラの心が和らいできます。でも、ウェン王子がトラの傷口を触ってしまった瞬間、忘れかけていた「怒り」の感情が噴き出してきます。思わずウェン王子を殺してしまいそうになる母トラ。
その時、母トラが見たウェン王子の表情は、かつての我が子の表情と同じでした。その瞬間、母の気持ち、愛情、悲しみ、懐かしさが一気に蘇ってくる…「怒り」という感情を捨てたこのときから、母トラの行動は変わっていきます。トラの子どもとして、ウェン王子を育てていくのです、母トラが「怒り」という感情を乗り越えたとき、初めて自分のやっていくべき道を見つけたのでしょうね。
そんなトラの心の葛藤が迫力あるダイナミックな絵とドラマチックなストーリーで展開されている絵本です。一本の映画を見たような読後感に包まれます。
効能
「怒り」は、エネルギーが一点に集中します。だから、凄まじいパワーになってしまうことが多いです。そして、渦中にいると自分では気づかない。
どうしたら「怒り」を和らげることができるのでしょうか…「怒り」第二感情です。つまり、「怒り」の前には、原因となる第一感情があるのです。それは、不安・心配・困惑・落胆・悲しさ・虚しさ・寂しさ・痛みなのか。
そんなネガチィブな感情で満タンになってしまったとき、何かのきっかけで爆発的に「怒り」のスイッチがはいってしまいます。母トラの「怒り」の感情は、我が子を失った悲しみだったのか、傷口の痛みだったのか、寂しさだったのか、虚しさだったのか…その第一感情を癒してくれたのが、ウェン王子だったのでしょうね。
「怒り」の感情が湧いてきた時、思い出してください。あなたのその「怒り」の原因となる、第一感情が何なのか? そこを見極めていく事が「怒り」を和らげる第一歩になっていきます。
▼ウェン王子とトラ
作・絵:チェン・ジャンホン
訳:平岡 敦
出版社:徳間書店
https://www.tokuma.jp/book/b502879.html
サポーター

- 絵本セラピスト®︎/心理カウンセラー
プログラマー、シナリオライターなどを経て、3人の子育て中に絵本の読み聞かせのボランティアを始める。
2015年6月、乳がんの宣告を受け絶望のどん底に突き落とされる。そのとき、何気なく手にした一冊の絵本『でこちゃん』(つちだのぶこ作/絵 PHP出版)から深い「気づき」を受ける。絵本が大人に与える力に感銘し、その体験から『絵本セラピスト®️』となり活動開始。
病院や患者の会、子育てサロン、カフェにて大人の人に絵本を届けるセミナーを毎月開催。
エッセー風の絵本紹介ブログ、メルマガを毎日更新している。
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