自分らしく
黒鳥の歌が聞こえない~What A Wonderful World

アメリカジャズの最初の巨星、ルイ・”サッチモ”・アームストロング、彼の日本人に最も親しまれている曲といえば、日本でさまざまな商品でのCM曲として使われてきた『この素晴らしき世界~What a wonderful world~』だろう。オリジナルの発売は1967年、当初はかったるいスロー曲とされてアメリカではほとんどヒットしなかったというが、サッチモが人生の酸いも甘いも知り尽くしたような彼独特のハートウォーミングなハスキーヴォイスでこの世の美しさを、ペーソスをたっぷりに歌いあげる、そんな魅力が徐々に広まり、まずはイギリスで大ヒット、その後も映画『Good Morning, Vietnam』の主題歌などでさまざまな機会に取り上げられるうちに、今や大名曲の地位を確固たるものにしてしまった。
日本ではあまり知られてはいないが、彼はこの曲に彼自身による前口上を付け加え、1970年に新たなヴァージョンとして発売している。
この口上部分、実はこんなことを言っている。
”おやじさん、すばらしい世界ってありゃ何だい?
若造連中が俺に言うんだよ。
世界中あちこち戦争だらけだ、あれが素晴らしいかね?
飢餓や環境破壊はどうだい?
どれもこれもちっとも素晴らしくないな”
”そうだな、この老いぼれオヤジの言う言うこと、
ちびっと聞いてみてくれよ。
俺に言わせりゃ、ひでぇのは俺たちが世界にしていることで、
世界はそんなひどくはねぇ。
俺が言えることはただひとつ、
素晴らしい世界ってのは 俺たちがやってみてこそ、
初めてそうなるんじゃねぇかいってこと。
愛だよ、愛! それが秘訣なんだ、なあ、わかるだろう?
もし俺たちがもっとお互いに愛し合えば、
それだけもっと問題も解決できる。そして世界はもっと楽しくなるぜ。
それが、この老いぼれオヤジが言い続けていることさ”
”愛だよ、愛! それが秘訣なんだ、なあ、わかるだろう?
もし俺たちがもっとお互いに愛し合えば、
それだけもっと問題も解決できる。
そして世界はもっと楽しくなるぜ。
それが、この老いぼれオヤジが言い続けていることさ”
この曲が吹き込まれた1967年、そして曲の口上を加えた70年は世界中が大混乱の激動の時代だった。アメリカももちろん例外でなく、ベトナム戦争のエスカレートに抗する反戦運動、黒人や若者たちの自由を求める運動、節度の外れた工業化による環境破壊への危機感が社会を揺るがしていた。サッチモのような白人主流世界で成功を得られた黒人の年長者も、若者たちから「白人に媚びる卑屈なアンクルトム」と非難を受けることも少なくなかった。
この曲はそんな荒れ狂う時代と、特に同胞である黒人の若者に対する、サッチモによる精一杯の、同時に切羽詰まった、そして真摯な返答だった。決して、単に功成り名遂げたベテラン名士によるノー天気でノスタルジックな世界賛歌だったのではない。
サッチモは翌、1971年、この世を去った。それ以来、既に半世紀以上が過ぎてしまったが、彼の白鳥の祈りの実現からはいよいよ遠いところに私たちの世界は来てしまった。「この美しい世界ってありゃなんだい?」若造の問いがますます切実で重くこだまする。
サポーター

- いよいよ還暦、そして定年。「この機会に生き方をガラッと変えられないか?」などとずっと考えています。ごく「フツー」の冴えないサラリーマン生活だったわりには、なぜかちょっとした冒険にもいろいろとした巡り合えたし、ここまで生きてこられた恩を自分以外に返さなきゃなぁ、と思う今日このころ。
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