自分らしく
天国に一番近いのに見過ごされてきた島
「天国に一番近い島」といえば、南太平洋のニューカレドニア。だが、この名前の由来となった故森村桂さんの旅行記によれば、彼女にとって天国にもっとも近かったのは、日本人観光客のほとんどが主滞在先とするニューカレドニア本島の中心都市ヌーメアではなくて、離島のひとつ、ウベア島だ。実際、ウベア島に限らず、ニューカレドニア離島の海と空の殺人的(!)と言いたいくらいの青く澄み切った美しさを知れば、「なるほど、こここそ天国に一番近いのだ」と実感できるに違いない。
もっとも本当に天国があるとすれば、そこは人間の俗欲を超越した涅槃=ニルヴァーナの境地になれる場所に違いなく、旅行者がこの天上的なまでに鮮やかな海と空を目にしたとき、故国(クニ)から引き摺ってきたさまざまな煩悩、そして今の旅行につきものの”豪華な食事と設備、贅を尽くしたサービスのなかで一時の超セレブ気分”など一気に吹っ飛ばし、そんなものはまるで無価値に思える、という意味の天国である。
さて、そんな離島のなかに、それほどまでに美しい自然をもちながら、森村さんの本にも完全無視され、日本人もというより地元ヌーメアの人たちでさえ、あまり訪れない島がある。マレ島といって、ニューカレドニア本島の東海岸沖、ヴァヌアツとの中間あたりに北端のウベア、中間のリフーとともにロイヤリティ諸島を構成する南端の島。上空から見ると一面、ジャングルに覆われた平坦な島だが、いかにも隆起珊瑚礁の島らしく、海岸線は美しい砂浜と切り立った崖からできている。海岸線の珊瑚礁は陸地のごく近いところに発達していて、沖縄の島なら宮古島の吉野海岸とか新城海岸と似た感じだ。もっとも今の宮古島があまりに人の手が入り過ぎて、その本来の姿がかなり歪められているのに対し、マレ島には、海も空も、そしてジャングルと人の営みも半世紀以上も前の神々しく、「神秘的な宮古島というのはこんなだったのでは?」と思わせる姿を依然として保っている。島のあちこちに大自然が創った摩訶不思議な光景が広がり、多くの場合、そこは島人にとっての神聖な場所、外部の人間には立ち入りが制限されている。さらに言えば、マレ島はニューカレドニアのさらで飛びぬけて音楽が盛んな地域だが、これもかつての沖縄離島との共通点だ。
ニューカレドニアはカネカ・ミュージックという独自のポップミュージックが盛んだが、ここの人口が27万人ちょっと、そのなかで6,000人にも満たないマレ島人が、この音楽ジャンルの主流を占めているのだ。その秘密は、マレ島では島の各地域に土地の首長と教会を中心にした強固なコミュニティがあり、教会で独特のコーラス音楽が地域ごとに盛んに演じられ、こうした音楽がマレ島出身音楽家の音楽的基礎になっている。
▼カネカ・ミュージック
2018年、欧米の有名な音楽オーディション番組である『The Voice』のフランス版で、マレ島出身の歌手Gulaanが出演し、その素晴らしい歌声でセンセーションを巻き起こした。
▼Gulaan
この番組には芸達者、やたら歌唱力豊かな無名のセミプロや子どもたちがしばしば大評判になるが、それらのほとんどは英語あるいは仏語で歌われる欧米のポップ音楽、彼のようにまるで知られていない非欧米言語で歌われたオリジナル曲がここまでの評判をとったのは前代未聞ではないか。実はGulaan、フランス本国では無名でもニューカレドニアではこの時点で四半世紀ものキャリアをもつ実力派の大ヴェテランだ。「ニューカレドニアはフランス領」などと胸張って自称するのに、そこにある素晴らしい宝にはまるで目が届かない、実質宗主国の実態がこれである。
そんな素晴らしいマレ島だが、日本人の探検にはけっこうハードルが高い。石垣島と西表島を合わせたよりも広い島は、本物の天国に相応しく(?)ホテルは一軒きり、歓楽街はもちろん、レストランも商店もほとんどない。住民もホテルの従業員もとてもフレンドリーなのだが、観光ズレしていないこともあり、シャイで充分なコミュニケーションを取るには、現地語(ネンゴネ語という)とはいわないまでもフランス語が必須だ。
でも、それは、あえて観光化にも産業開発の波にも身を任せることを潔しとせず、自然と調和した自分たちの文化と暮らしを頑固に守ってきた人々の意志的な選択の結果。ここは日本の旅行誌がいう”秘境”でも”プリミティブ=原始的”ではなくて、長い歴史と連綿と続く文化をもつ人々のひとつのオルタナティブなのだ。そしてそんな彼らの誇りが、この島の”天国のような”海と空を守ってきたのだ。
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- いよいよ還暦、そして定年。「この機会に生き方をガラッと変えられないか?」などとずっと考えています。ごく「フツー」の冴えないサラリーマン生活だったわりには、なぜかちょっとした冒険にもいろいろとした巡り合えたし、ここまで生きてこられた恩を自分以外に返さなきゃなぁ、と思う今日このころ。
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