自分らしく
〈絵本は心のお薬〉(14)『くらやみのゾウ』〜ペルシャのふるい詩から〜』

絵本は子どものために書かれたものですが、大人にもいいものです。心に響いたり、深い気づきがあったり、忘れていた思い出がよみがえったり…。大人の心に効く絵本を、絵本専門士で絵本セラピストの大江美保子がお届けします。
今日、ご紹介する絵本はペルシャの詩をもとにした絵本です。ものの見方、そして「真実とは何か?」ということについて考えさせられるお話です。
自分が知っているのは、真実のほんの一部
遠いインドから大きくて不思議な生き物を連れてきたアフマド。暗闇のなかで生き物に触った村人は、それぞれ自分の感じたことをいいます。そして、自分は正しく、他人は間違っていると主張し、やがて争いに発展していきます。ペルシャの詩人ルーミーの詩をもとに作られたお話です。
大金持ちの商人、アフマドが遠いインドからとてつもなく大きくて不思議な生き物を連れて帰りました。村中、噂でもちきりです。村人がひとめ見ようと、アフマドの家に行くのですが、アフマドは旅の疲れで寝ています。気になって仕方のない村人は、蔵のなかに一人ずつこっそり忍び込むことにします。
一人目は「蛇のような生き物だ」と言います。二人目は「木の幹みたいだ」と言います。三人目は「でっかい、うちわみたいだ」と言います。さらに、四人目は「水入れみたいだ」、五人目は「絵筆みたいだ」、六人目は「角のようだ」、七人目は「ふえのような音がした」…みんな他人の言うことに耳を貸さず、言い張るばかりです。
次の日になって目を覚ましたアフマドは、その生き物を連れて外に出るのですが、村人は喧嘩をするのに忙しく誰も見ていなかったというお話です。
最後は、こんな文章で締めくくられています。「自分が知っているのは真実のほんの一部分だということにも、気づきませんでした」。そして、最終ページは文字のない絵だけのページで締めくくられています。そこには、大人たちが言い争いをしているかたわらで子どもたちはニコニコしながら、水浴びをしているゾウを見ている様子が描かれています。そこから、みなさんは何を感じられるでしょうか?
効能
誰も間違ってはいないのです。ただ、それぞれが違う一部分を見ているだけなのです。ただ、それだけ。それなのに自分が見ているものが全てで、自分は正しいと信じてしまい、「自分が正しい、あなたは間違っている」と相手を否定してしまう。ここから無用で不毛な争いが起こってしまいます。
同じ物を見ているけれど、見えている世界は違うということ。隣にいる人も、家族も、子どもも、職場の人も、友だちも「同じ物を見ているから、自分と同じように見えている」と思ってしまいがちですが、どの一部分を見ているのかは人それぞれ違うということです。つまり、自分が真実だと思っている目の前の景色は、他人には見えていないかもしれないわけですね。
「私は正しい。そして、相手も正しい」…いや、正しいとか正しくないとか、そもそも、それ自体、意味がないということをこの絵本から感じることでしょう。この絵本を読むと、今まで見ていた景色がちょっと俯瞰して見えてくるようになるはずです。
▼くらやみのゾウ ー ペルシャのふるい詩から ー
作:蟹江 杏
発売:福音館書店
https://www.hyoronsha.co.jp/search/9784566080317/?id=6939
サポーター

- 絵本セラピスト®︎/心理カウンセラー
プログラマー、シナリオライターなどを経て、3人の子育て中に絵本の読み聞かせのボランティアを始める。
2015年6月、乳がんの宣告を受け絶望のどん底に突き落とされる。そのとき、何気なく手にした一冊の絵本『でこちゃん』(つちだのぶこ作/絵 PHP出版)から深い「気づき」を受ける。絵本が大人に与える力に感銘し、その体験から『絵本セラピスト®️』となり活動開始。
病院や患者の会、子育てサロン、カフェにて大人の人に絵本を届けるセミナーを毎月開催。
エッセー風の絵本紹介ブログ、メルマガを毎日更新している。
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