インタビュー

医療従事者に聞く

〈乳がん〉の患者さんに直接役立つ 医療を普及させる活動を広く推進

林田哲講師 対談写真

林田 哲 氏

慶應義塾大学医学部乳腺外科専任講師。
1998年、慶應義塾大学医学部を卒業し、2001年、慶應義塾大学助手(医学部外科学)。2005年より米国ハーバード大学医学部にて博士研究員を経て、2008年より慶應義塾大学医学部外科学助教、2015年慶應義塾大学医学部外科学専任講師、現在慶應義塾病院ブレストセンター長を兼任。
医学博士。日本外科学会指導医、同専門医、日本乳癌学会乳腺指導医、同専門医、同評議員、日本癌治療学会幹事、日本がん治療認定医機構癌治療認定、検診マンモグラフィー読影認定医(A)、American Society of Clinical Oncology(ASCO) Active Member。

他の部位と違って、
〈乳がん〉は科学的データが取りやすく治療選択肢も多様

〈ら・し・く〉
職業として医師を選択されたのは、いつころでしょうか? その理由もお聞かせください。
林田
実は、学生時代、物理にはまっていて、物理学者になりたかったのです。問題を見ていると答えが見えてくるくらい大好きでした(笑)。第一希望だった東大に受かり、入学金を払いに行こうとしていたその日に、試しにと受けていた慶應大学の医学部に合格したことがわかりました。

このとき、これまで触れることのなかった未知の世界への憧れもあり、医学が楽しそうに見えてしまったんです。今から振り返ると、物理の世界に進んだとしても名を成すくらい実績を出せる研究者はほんのひと握りですから、どちらがよかったのかわかりません。夢のない話ですみません(笑)。

〈ら・し・く〉
冒頭からすごい話ですね。そんな先生は特に〈乳がん〉をご専門にされていますが、なぜ〈乳がん〉を選択されたのでしょうか? また、他の部位との大きな違い、病気としての特徴、治療方法、患者さんと接していて感じられることなどがありましたら、お願いします。
林田
これもまた、夢のない話なんですが(笑)、最初の専門は肝胆膵(※)外科でした。その後、8年目にアメリカのハーバード大学に留学し、〈乳がん〉研究のラボに配属されたんです。やってみたら、面白かった。そこで〈乳がん〉の研究を3年やってから日本に戻り、上司の勧めもあり〈乳がん〉を専門とすることにしました。女性がかかる病気としては最大の罹患率の病気ですし、人口も多く医学的なエビデンスが充実していて、〈固形がん〉では一番医療も進んでいた。最先端の臨床で「数多くの女性を救える」と実感しました。

〈乳がん〉が他の部位と違うのは、今述べたような罹患人口が多いため、臨床試験なども組みやすいなど、科学的データが取りやすく治療選択肢もたくさんある点ですね。また、〈がん〉の罹患は人種による違いもあって、〈乳がん〉は白人女性が圧倒的に多い。一方、〈胃がん〉は東アジア(日本、韓国、中国)の風土病ともいわれるくらい多いのに、欧米ではあまり発症しません。

さらに、他の〈がん〉は内臓の手術のため、切除しても患者さんからは目に見えず手術した実感が薄いのですが、〈乳がん〉は体表面の手術ですので、整容性(見た目)が重視され、形が綺麗に保たれているかどうかも気にするポイントです。

〈乳がん〉の患者さんに特徴的なことは、40〜50代女性が多いこともあるのでしょうか、自分の病気のことを勉強して来られる方がとても多いと感じます。ご夫婦で診察を受けられる場合も多く、その場合、ご主人がよく勉強されているケースもたくさんみられます。

※肝胆膵(かんたんすい)
肝臓(かんぞう)、胆嚢(たんのう)、胆管(たんかん)、膵臓(すいぞう)などのことで、食物の消化に関与する器官(編集部注)。

「主治医と合わない」と感じたら、
思い切って医師を変えることを検討すべき

〈ら・し・く〉
慶応病院でブレストセンター長としてご活躍ですが、この立ち上げのご苦労やセンターとして目指していることがありましたらお話していただけますか? 今後の目標もお願いいたします。
林田
総合病院として、日本有数のブレストセンターにしたいというのが目標です。センター長になったときは年間180症例でしたが、コロナ前には300症例近くまで手術症例数が増えました。『聖路加国際病院』や『がん研有明病院』などは1000程度あると思いますので、さらに努力して患者さんのためになりたいと思います。

慶応病院は、〈がん〉の専門病院ではありませんので、総合病院として他の基礎疾患をおもちの患者さんが〈乳がん〉に罹患したときのケアなど、患者さんの状態に対応することができるのが強みだと考えています。

今ではだいぶ知られるようになりましたが、当初、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)(※)に対応できていませんでしたが、婦人科や臨床遺伝学センターと連携して患者さんの検査からケアができる体制が整いました。ようやく、2020年4月よりHBOCの検査も保険適用となっています。

※遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)
〈乳がん〉〈卵巣がん〉のなかで、遺伝性の〈がん〉。遺伝性の〈がん〉のなかでも頻度が高く、また研究が進んでいる病気。BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子に病的変異が見つかった場合に、「HBOC」と診断される(編集部注)。

〈ら・し・く〉
患者として治療を受けるなかで、すごく感じたのは、「先生との相性」でした。私は幸い、林田先生とはうまくコミュニケーションできていた方だと思いますが、患者さんのなかには医師とのコミュニケーションで悩まれている方もいいらっしゃると思います。何か先生からアドバイスなどありましたらお願いします。
林田
医師と患者さんのコミュニケーション、人間同士のことなので、難しい問題ですよね。フィーリングというか、相性は大事だと思います。医師のスタイルもありますしね。患者さんを心配させまいとして、詳しいことをあまり伝えない医師もいます。

ただ、言えるのは主治医と「合わない」と感じたら、思い切って医師を変えることを考えた方がいい。申し訳ないと思わずに、医師に直接言えなければ、「病院を変えたい」「しゃべりにくい先生なので変えてほしい」など、看護師に伝えるといいかもしれません。10年間付き合うことになりますし、先生の方からは相性が合わないと思っても、患者さんを変えたいとはいえませんから。

どんな先生ともうまくいかないとか、白衣を見ると緊張するといった患者さんもなかにはいらっしゃいます。そういうときは、事前に聞きたいことを箇条書きにしてメモとして準備しておかれてはいかがでしょうか。

年齢によって治療方法を変えていくのは大原則

〈ら・し・く〉
今や2人に1人が〈がん〉に罹患するといわれています。〈乳がん〉は、働き盛りの40代以上の世代で罹患が多いとされていますが、AYA世代(※)や子育て世代、高齢者など、世代ごとに配慮すべきポイントや治療戦略なども異なると思います。先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか?
林田
年齢によって治療を変えていくのは大原則です。30代と80代の患者さんでは治療方法は違います。年齢だけでなく、その方のバックグラウンドや社会生活などによっても異なります。特にAYA世代では妊孕性(※)に配慮する必要があり、安全に治療を受けてもらうために産科や看護師とも協力して患者さんの希望をよく聞くようにしています。また、患者さんのお子さんが小さい場合、お母さんが〈乳がん〉であることをどう伝えるかを考える「チャイルドケアプロジェクト」もスタートしています。

※AYA世代
Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に15歳から30歳前後までの世代を指す。この世代は親から自立したり、生活の中心が家庭や学校から社会での活動に移行するなど、大きな転換期を迎える時期であり、〈がん〉と診断されると心身にさまざまな影響を受けることがある(編集部注)。

※妊孕性(にんようせい)
妊娠するために必要な能力のこと。手術、抗がん剤、放射線治療などの〈 がん治療〉によって妊孕性がダメージを受けるため、妊孕性を温存するための取り組みが考慮される(編集部注)。

〈乳がん専門〉の医師がわかりやすく説明する
『乳がんのファーストオピニオン』を立ち上げ

〈ら・し・く〉
最近立ち上げられた『乳がんのファーストオピニオン』というWebサイトですが、「乳がん診療の一線で活躍している乳腺専門医」が話をするということは患者さんにとっても、安心・信頼できる情報ソースだと思います。具体的にどのような活動なのか、またどのような思いで開始されたのかお話しいただけますか?
林田
「乳がんかもしれない」と思ったとき、多くの方はまずネットを検索するでしょう。しかし、〈乳がん〉に関するネット情報は個人の体験談をもとにしたブログも多く、内容はまさに玉石混交です。それを目にして落ち込む方を私は大勢見てきました。個人のブログはあくまでもその方だけの治療の体験であり、印象的なことを書く傾向にあるためバイアスがかかっていて、たいてい他の患者さんには役に立たないということも知ってほしいですね。かといって、学会などが出している情報やガイドラインは難しすぎて、または一般的すぎて、患者さんは自分にとってどうなのかわかりづらい。医師が書くと、どうしても硬い表現になりがちです。

そこで、「患者さんが納得できないこと、わからないことに対し、〈乳がん専門〉の医師がわかりやすく説明できたら」と考えてこのサイトを始めました。複数の医師が答えることで、さまざまな考え方があることも知ってもらいたい。執筆する乳腺専門医の先生も増えてきますので、ぜひ気軽にご活用いただけたらと思っています。

▼乳がんのファーストオピニオン
https://firstopi.jp/

AIなどの最先端技術を活用して、
実用性のある医療の仕組みづくりを進めたい

〈ら・し・く〉
最後に、先生のこれからの目標というか、今後の生き方(公私共に)はどのようなものか、お聞かせいただけますか?
林田
自分はもともと「新しもの好き」なので、AI、ビッグデータ、〈がん〉ゲノムなどの領域に興味があります。若いころは研究のための研究になっていたかもしれませんが、直接患者さんに役立ったと実感してもらえるような実用性のあることができたらと考えています。

たとえば、「超音波AI診断」はシステムを確立して、PMDA(※)に申請中です。〈がん〉を見逃さないというより、「念のため」やりすぎている〈がん検診〉の弊害を減らしたいと開発を進めてきました。検診で要精密検査と言われてしまった患者さんはその間不安な気持ちを抱えていて、しかもほとんどの方は良性だったという結果をもらうわけです。

AIが正確に判断し、その時点で良性とわかれば、患者さんは不安な気持ちに落ちることもなく、医療費削減にも貢献できると考えています。そうした仕組みづくりに今後も関わっていけたらと思っています。

※PMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)
独立行政法人医薬品医療機器総合機構。医薬品・医療機器などの健康被害救済、承認審査、安全対策の3つの役割を一体として行う世界で唯一の公的機関(編集部注)。

インタビュー掲載日:2021年4月19日


本日は、お忙しいなか貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。