自分らしく
2月の自転車通勤
2月の自転車通勤
いつも最後の坂道あたりで
ブレーキきゅっとかけながら
てぶくろの中に
声をかける
出席取るよ
おやゆび…つめたい
ひとさしゆび…つめたい
なかゆび…つめたい
くすりゆび…つめたい
こゆび…大丈夫!
今朝はこうだ
おやゆび…つめたい
ひとさしゆび…つめたい
なかゆび…大丈夫!
くすりゆび…大丈夫!
こゆび…大丈夫!
そのうち
出席とるのを
忘れるでしょう
そしてそのうち
てぶくろするのを
忘れるでしょう
2月は、1年の中で一番寒い時期からスタートするため、「ここを乗り越えたら、その先はだんだん温かくなるのだ」という希望がなんとなくわいてきます。そんな2月の自転車通勤者にとって手放せないのが手袋です。
子どものころに母が編んでくれた手袋はミトンで、長い鎖編みで左右の手袋がなくならないようにつながっていました。何歳のころだったか、ひものない手袋をしている友だちが多くなるとなんとなく恥ずかしく感じるようになって、やっとひもなしの手袋になったときには、少し大人になった気がしたことを思い出します。たまに、道に落ちている片方だけの小さな手袋を見かけると、ひもでつながった小さな手袋のことを思い出します。
大人になってからのエピソードでは、自転車用に10年近く使っていたお気に入りの手袋を買おうと決めたときのことをよく覚えています。冬の初めの早朝、自転車を降りて冷え切った両手をこすりあわせたとき、ちょうど目に入ったのが吹き寄せられた桜の落ち葉でした。その日最初の陽が差しているグランドの隅でふかふかと集まり、なにか幸せそうな深い赤色をみたとき、「温かそうだなあ、この冬に毎朝両手をつつむ日だまりを誰かにねだってみたい」と思ったのでした。
結局、見かけた落ち葉にそっくりな深い赤色の皮の手袋をみつけて、ちょっと高かったのですが自分で買いました。10年ほど自転車に乗るたびに使っていたところ、とうとう穴があいてしまいました。指と指の間の付け根の所の穴は、まるで落ち葉の虫食いのように思えました。その手袋を見るたびに、あの深い赤色の落ち葉が朝日を斜めから受けとめていた美しいシーンを思い出し、まだ捨てられずにとってあります。
さて、今は、自転車を公共の自転車置き場においておくため、サドル下に結びつけておく手袋がなくなってしまうかもしれないことを考えて、100円ショップで手に入れた手袋を使っています。しかし、この手袋は、安いのにふわふわで暖かで優秀です。自転車に乗る朝、この100円手袋に手を滑り込ませたら、両手をぎゅっと組んで奥まで指が入ったことを確認します。両手を組んだらなんとなく力がわいてきて、そのあとでぐいっとペダルを踏み込むと、「今日を始めるぞ」という気持ちがわいてくるから不思議です。
サポーター
- 詩人。
本業は体育大学・ダンス学科教員。大学生たちがダンスを好きになり、さらに自信をもって子どもたちにダンスを教えられる指導者として育つことを願い、教育と研究に取り組む。
プロフィール