インタビュー

医療従事者に聞く

自分のいる場所で、 できる限りのことをする。 これが私の医療への貢献

角田博子氏 対談写真

角田博子 氏

聖路加国際病院放射線医長・乳房画像診断室長。
1985年、筑波大学医学専門学群卒業、筑波大学付属病院放射線科研修医および医員。埼玉小児医療センター放射線科などを経て、1991年、きぬ医師会病院診療医長、1999年、都立府中病院(現多摩医療センター)放射線科勤務後、2002年から現聖路加国際病院に勤務。2020年4月から2022年3月まで聖路加国際大学臨床疫学HTAセンター研究教授兼任、2022年4月から聖路加国際大学臨床研究センター臨床准教授兼任。2010年4月から昭和大学放射線科客員教授兼任。
                                                   
医学博士。日本医学放射線学会専門医、日本乳癌学会乳腺指導医、専門医、日本超音波医学会指導医、専門医、日本乳癌検診学会理事、評議員、日本乳腺甲状腺超音波医学会顧問(前理事長)、日本乳癌画像研究会代表世話人、日本乳癌検診精度管理中央機構理事、研修委員、マンモグラフィ部門長など。

大学卒業後は、勉強会が面白く、「男女の差別はしない」といわれた放射線科を選択

〈ら・し・く〉
職業として医師を選択されたのは、いつごろでしょうか? その理由もお聞かせください。
また、放射線科をご専門にされていますが、なぜ選択されたのでしょうか?
角田
進路を決めるにあたって、高校のころから「自分自身がライフワークとしてやっていける技術を身に着けたい」とずっと思っていました。父が医師をしており、その影響も大きかったです。私の時代は医学部には女性は少なく、100人の学生のなかで女性は10人程度というのが当たり前でした。私が卒業した筑波大学は当時から多い方ではあったのですが、それでも女性は4分の1程度でした。医学部を卒業するとき、正面きって「女はいらない」といわれた科もありました。形態学が好きだったうえに学生のときに参加していた放射線科の勉強会が非常に面白く、また「放射線科では男女の差別はしない」といわれて選んだという経緯もあります。

〈ら・し・く〉
先生が取り組まれている放射線科診断医の仕事はどのような内容でしょうか? 
一般的には放射線治療の医師と診断医の違いが分かりづらいと思いますので、そのあたりをお聞かせくださいますか。
また、画像診断があっての発見、治療計画と思いますが、
診断医との治療の関わり方や注意なさっているポイントなどがありましたらお教えください。
角田
同じ「放射線科医」というように括られますが、放射線診断医と治療医は実は全く違う仕事をしています。治療医は大きなエネルギーの放射線を体に当てて主として〈がん治療〉を行っています。

一方、放射線診断医はX線検査やCT検査、MRI診断、超音波診断など、近年、多様化してきた診断機器を駆使して、病気の診断を行います。救急から〈がん〉、脳神経から呼吸器、消化器、小児、外科系、内科系などすべての診断に関わるために、広範な知識を要求されます。診断のなかでも専門領域というのができていて、私は特に乳腺の診断を専門にしています。

直接、患者さんに接する担当医が入手する情報も年々増加していて、すべてを網羅することも難しくなっています。乳腺の治療の専門医が必ずしも診断能力に優れているわけではありません。しかし、それは決して医師としての能力が低いわけではなく、医療の現場の細分化が分業せざるを得ない状況になってきているためだと思います。私も日常業務では乳腺以外の診断も行っていますが、現在は主としてマンモグラフィの読影や乳房超音波検査、MRIやCTなどの読影などを行って、担当医の診断を支えている状況です。

〈乳がん〉の場合には、その範囲を患者さんの乳房の皮膚の上に直接描かせていただいて、切除の際に気をつける点などを担当医に示すこともしています。放射線科診断医が直接外来をもっている状況は日本では稀かと思いますが、聖路加国際病院では私自身が外来を行っており、院内外から診断が難しい場合の診断外来として、直接患者さんの診療にも当たっています。

患者さんへの説明は専門用語を使わず、短く区切りながら質問する形

〈ら・し・く〉
〈がん〉を診断する際、判断などに迷われることもあると思われますが、
そのような場合の解決策をお聞かせください。
また、診断医が患者さんと直接コミュニケーションをとることはあるのでしょうか? 
患者さんに伝えるときの注意点と併せてお教えください。
角田
多くの患者さんを診療していると、非常に稀な画像を示すことにも遭遇します。「判断に迷う」というより、難しいあるいは診断が一つには決まらずいろいろな鑑別診断が挙げられるといったほうが正しいかもしれません。

患者さんには「何が難しいのか、どのような状況を考えているのか」を説明し、そのあとの選択肢を具体的に提案するようにしています。今すぐに針などを刺して詳しい検査をするべきなのか、あるいは経過をみるだけで大丈夫なのか、などですね。

放射線診断医にもいろいろな仕事の仕方があって、患者さんに全く会わず画像を読影することを専門にしている医師もいます。またIVR(Interventional Radiology)といって直接患者さんに介入して診断・治療する放射線科医もいます。私の場合は超音波検査などで患者さんに直接検査することも多いですし、また外来も行っています。患者さんはとても緊張されている方もおられれば、逆に軽く考えられていて「ちょっと心配」といったこともあります。診断や状況を説明するときには、専門用語を使わず短く区切りながら、「ここまでで私の話が分かりにくかったことはありますか」「何かお尋ねになりたいことはありますか」というように質問しながらお話をすすめるようにしています。

〈乳がん〉検診を受ける場合は、検診の利点と欠点を理解することが重要

〈ら・し・く〉
私もマンモグラフィの検査を2年に一度受けていたのですが、そのときには特に何も指摘されず、
たまたま受けた超音波で〈乳がん〉が見つかりました。そのようなことはよくあることなのでしょうか? 
また、それぞれ(マンモグラフィ、超音波検査)のメリットとデメリットをお教えください。
それと関連しますが、専門医の立場から患者さんには〈乳がん〉の検診をどのようにお勧めされているかもお願いします。
角田
どんな診断方法にも限界があります。マンモグラフィでしか見つからない〈乳がん〉があれば、超音波でしか見つけられないものもあります。特に高濃度乳房と呼ばれる乳腺組織が多い女性では、マンモグラフィでは見つけられず(偽陰性)、超音波検査で〈乳がん〉を見つけることができるというケースもあります。

国が政策として行っている〈乳がん〉検診(「対策型検診」といいます)ではマンモグラフィを利用していますが、これは科学的根拠としてマンモグラフィが〈乳がん〉よる死亡率を減少させることが分かっているからです。個別にみると超音波検査の検出能力は高いのですが、〈乳がん〉による死亡率を減少させるという科学的根拠はありません。また、「乳房超音波検査」では良性所見や正常のバリエーションが非常に多く描出されるので、本当は〈がん〉ではないのに「精密検査が必要ですよ」といわれるケース(偽陽性)が多いというのも現状です。

〈乳がん〉検診をお受けになる場合、検診の利点と欠点を理解して受診いただくことが重要です。マンモグラフィだけで不安な場合(特に高濃度乳房の場合など)、あるいは近い血縁に〈乳がん〉の方がいらして2年に一度では不安な場合などは、ご自分で費用を負担できるのであれば、その限界や利点欠点を理解した上で「任意型検診」と呼ばれる人間ドックなどで検診を受けることもできます。

「対策型検診」の場合には、国が精度を保証して行われています。「任意型検診」の場合には、ぜひ精度の高い施設で受診されることをお勧めします。精度の高い施設とは、技師・医師がきちんとした教育を受け優れた技術をもっていること(※)、その施設で受診された患者さんのその後の情報をきちんと把握していることが挙げられます。「精密検査が必要ですよ」といったとき、本当にその結果が〈乳がん〉であったかどうかを把握しているかどうかは、その施設の精度を反映します。やりっぱなし検診では精度は決して上がらないからです。

※日本乳癌検診精度管理中央機構では試験を実施して、合格した技師・医師だけが検診に携われるとしています。
https://www.qabcs.or.jp/

マンモグラフィと超音波検査のメリットとデメリットは下記をご覧ください。私たちは努力して検診を施行してはいるのですが、重要なのは「どんな検査にも限界はあって、100%ではない」ということを理解いただきたいということです。またマンモグラフィにしても超音波検査にしても、上述したように偽陰性・偽陽性があります。さらに、精度管理を重視するあまり、極めて細かい所見を検出し見つけすぎるという課題も出てきています。これを過剰診断と呼びますが、これについては後述します。

●マンモグラフィ(MG)のメリット
①MG検診を行うことで、〈乳がん〉の死亡率を下げることが立証されている
②1枚の画像のなかに乳房全体を収め、あとから振り返ることができる
③客観性に優れる
④過去との比較が容易

●マンモグラフィのデメリット
①被ばくがある
②高濃度乳房の場合などで、偽陰性(〈乳がん〉を検出できない)がある
③撮影する場合に圧迫による痛みがある

●超音波検査(US)のメリット
①MGの高濃度乳房での〈乳がん〉検出が可能な場合も少なくない
②被ばくがない
③検査に痛みを伴わない

●超音波検査のデメリット
①検査者の技術によるところが大きく、客観性が低い
②現在は検査時に異常がある部分のみ撮影することが多く、その場で検出されないと後からの見直しは困難
③良悪性の鑑別が難しい所見を多く描出する傾向にあり、偽陽性が多い
④比較的長時間技師の手が触れることで羞恥心を感じる方もおられる
⑤MGに比較して検出が容易と思われがちだが、USでも検出できない所見は存在する(偽陰性)

〈ら・し・く〉
マンモグラフィは乳房を板で挟んでつぶすという方法なので、痛みを訴える方が多くいらっしゃいます。
このやり方は仕方がないことで、痛いのを我慢してまで行うメリットはあるのでしょうか?
角田
「挟んでつぶして」というと、ほんとうに痛そうですね。そうではなくて、「押し広げる」というイメージを想像してみてください。乳房は主として乳腺組織と脂肪組織から構成されますが、〈乳がん〉の塊は乳腺組織と近いX線吸収率をもっているので、描出が難しい(同じ白っぽいものとして映る)ことが少なくありません。そのため、押し広げることで乳腺組織から〈乳がん〉の塊を描出しやすくする、コントラストを大きくするなどの利点を引き出すわけです。

また、乳房を薄くすることで被ばく量も減らすことができます。通常の写真と同じで、圧迫によって動きをなくすることができるので、写真がぶれる確率を低減できます。つまり、よい写真を撮影すれば診断の精度も上がっていくわけです。

被ばくは、年齢によって感度が違う。20歳台のマンモグラフィ検診はNG

〈ら・し・く〉
放射線の被ばくについて気にする方もいらっしゃると思いますが、先生のご意見をお聞かせください。また、マンモグラフィ検査では被ばくや偽陰性、偽陽性など以外にも過剰診断という不利益があると聞きました。これについてご説明をお願いします。
角田
MGの被ばくについては、国が勧めている40歳以上であればメリットがデメリットを上回ることがわかっています。40歳以上の女性が国の推奨する2年に一度のMG検診を受けても問題ないと申し上げられます。年に一度でも許容範囲かと思います。

被ばくは、年齢によってかなりその感度が違います。20歳台の若い女性で全く自覚がないのに検診のためにMGを希望される方がおられますが、20歳台ではむしろデメリットのほうが大きくなり、被ばくによりかえって〈乳がん〉が発生するという可能性も出てきます。「20歳台のMG検診は行っていけないもの」と考えてください。

30歳台になると20歳よりデメリットは減りますが、そもそも30歳台に対するMG検診の有効性を示す証拠がなく、お勧めできるデータがありません。当院では検診のメリットとデメリットを理解し、ご自分でどうしても30歳台で〈乳がん〉検診を受けたいという方に関しては、超音波の選択肢をお示ししていますが、これも根拠があるものではないのです。

過剰診断というのは、生涯何の影響も与えない〈がん〉を検診などで検出してしまうことをいいます。交通事故などで亡くなった方に偶然〈がん〉を発見するケースも多々あり、〈甲状腺がん〉〈前立腺がん〉〈乳がん〉などがその代表とされています。

これは〈乳がん〉ではないものを要精検とする偽陽性とは違います。検出したものは〈がん〉なので正しく診断していることになりますが、その〈がん〉が一生悪さをしないようなものであれば検出する意味がない、むしろ〈がん〉患者となったことによる身体的・精神的・経済的不利益はまさに有害でしかありません。検診を受けなければ知らないで一生を楽しく過ごせたかもしれません。あまりにも早期で病理医によって「〈がん〉と診断するか」「まだ異型にとどまっている」というように意見が分かれる場合もあります。針を刺したら〈がん〉の診断だったのでどうしても心配で乳房をすべて切除するという選択をしたものの、手術前の針を刺した分ですべて取り切っていて、摘出標本には〈がん〉はすでになかったといったケースもあります。

また、進行しているものの、ほかに命にかかわるような病気をもっている場合、あるいはたとえば90歳以上で〈乳がん〉の治療がその方の寿命の延長に関与しないような場合も過剰診断に当たります。ただ、過剰診断はなかなか理解が難しく、医療者のなかでも正確に理解している人ばかりとはいえません。また、「何か過剰診断なのか」をはっきりと断言できないことも大きな課題の一つです。最近、本当に早期で悪性度の高くないものに関して、手術を行わず経過をみていくといった研究も行われており、今後明らかとなってくるものと思います。

「変わったこと、ないかなチェック」で、乳房を意識する生活習慣を定着させたい

〈ら・し・く〉
最近、耳にする「ブレスト・アウェアネス」について教えていただけますか?
角田
「ブレスト・アウェアネス」とは乳房を意識する生活習慣のことをいいます。ポイントは4つあって、以下の4つによって構成されています。

①自分の乳房の状態を知る
②乳房の変化に気をつける
③変化に気づいたら、すぐ医師に相談する
④40歳になったら2年に1回、〈乳がん検診〉を受ける

以前は「自己検診」という言葉が多く聞かれましたが、〈乳がん〉を触ったことのない女性に「〈乳がん〉を自分で触って検出しなさい」というほうがおかしいと思いませんか。「ブレスト・アウェアネス」はそうではなく、いつもご自分の乳房の状態を知っておいて、「何か変わったことがないかどうかをチェックしてくださいね」というものです。「変わったこと、ないかなチェック」と呼びたいと思っています。

乳腺診療をしていると、検診で小さい〈乳がん〉を検出している一方で、明らかに自覚されて、でも怖くて病院に行けず悩んでいるうちに大きくなってしまったという方が、まだまだとても多いのです。「怖くて病院に行けない」という気持ちもとてもよく分かります。でも、早めの受診はとても大事です。ご自分の体を愛しんでいただき、どうぞご相談ください。

画像診断の重要性を一般の方に分かりやすく伝えていく活動も続行

〈ら・し・く〉
先生は市民向けの講座などでセミナーを行っていらっしゃって、私も聴いたことがあります。
非医療従事者の一般市民にとっても大変わかりやすい言葉でレクチャーされていて、素晴らしい啓蒙活動だと思います。
また、東京都のHPでコンテンツになっている『Tokyo女子健康部』(※)という分かりやすいマンガを監修されています。
どのような思いで、こうした活動を続けていらっしゃるのでしょうか? また、今後もこのような活動を予定されていますか?

▼Tokyo女子健康部
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/joshi-kenkobu/

角田
放射線科医はもともと表には出ず、担当のドクターを裏で支える医師、“Doctor’s doctor”とも呼ばれています。私も直接患者さんや一般の女性の方にお話するよりは、裏方でやっていきたいとずっと思っていました。カリスマ性のある性格でもないし、直接治療する医師との連携の方が患者さんもスムースにいくのではないかと思っていたからです。

ただ、長く乳腺診療に携わっていると画像診断がいかに重要か、それを一般の方にも理解していただければという願いも生じてきて、ご依頼のあることに関してはお答えするようになってきました。インターネットなどを見ていると残念ながら根拠がないもの、感情的なものも少なくありません。日本乳癌検診精度管理中央機構や東京都の活動など、今後も引き続き、科学的根拠のあるものを伝える立場でいたいと考えています。

〈ら・し・く〉
最後に、先生のこれからの目標というか、今後の生き方(公私共に)はどのようなものか、
お聞かせいただけますか? また、皆さんへのメッセージもお願いします。
角田
私のモットーは、「自分のいる場所で、できる限りのことをする」というものです。今の私の立場や仕事場は、これまで関わってきたすべての事柄から多かれ少なかれ影響を受けて与えられたものだと思っています。生きていれば、多くのストレスも感じますし、困難なことにも出会います。しかし、その与えられた場所でやれることであれば精いっぱいやってみるというのが重要だと思ってきました。

聖路加国際病院にきて20年経ちますが、それ以前も含めこのモットーがどのぐらい実践できたかは分かりません。しかし、今後も同様にやっていければと思います。若い医師や技師の指導も仕事の大きな柱になっていると思います。私の病院では若い先生方が数年研修して外に出ていきます。点と点がつながって線に、面になって医療をカバーできることに少しでも貢献できればいいなと思っているところです。

インタビュー掲載日:2022年9月3日


本日は、角田博子先生から『放射線科診断医』についていろいろ伺うことができました。仕事内容だけでなく画像診断の重要性やご自身の今後のビジョンなどもお聞きでき、有用な情報となりました。お忙しいなか、たいへんありがとうございました。