自分らしく
想庵にて〜2020. 初秋
ウィルス騒動のなか
ウィルス感染が広がった三月末から、仕事でがん患者さんと接することの多い私は家族と離れ、想庵に泊っています。想庵は木造家屋。檜と杉でできています。木材としては柔らかく傷つきやすいのが欠点ですが、肌ざわりが良い上に、さわやかな香りが続き、やさしさに包まれているようです。
マスクや消毒、ソーシャルディスタンスをとるのがすっかり日常となってきましたし、オンライン、リモートという言葉も子どもから老人までが使うようになり、その広がりの速さといったらウィルスの感染力並みです。
遠く離れた家族や友人とオンラインで顔を見ながら、話ができるようになりました。学校に行かなくても、先生がオンラインで勉強を教えてくれます。飲み会もリモート。ネットを使って買い物ができるだけでなく、いらなくなったものを売ることもできます。ITという情報技術の発達した今だから、このウィルス騒動のなかでも、「人とつながることができて良かった」と多くの人が感じていることでしょう。
でも…。言いようのない窮屈さやもどかしさを感じることも、しばしば。
触れるということ
生きている私たちは、大切な人、好きなものに直に触れるということに何か根源的な安心や心地良さを感じるのではないかと思います。柔らかくなめらかな檜の床を素足で歩いたときの感覚と、実際に人と会って話すときの感覚には、何か共通したものがあるような気がします。音楽も性能の良い機械を通して聴くのと、生演奏を聴くのとはなんだか違います。
ITを使う機会が増えるにつれて、実物への思いが強まってきました。そのためでしょうか。もともと手紙を書くのが好きだった私は、このころ葉書を出すのが増えました。内容はほんのちょっとしたこと。季節の花が描かれたものや美しい景色の絵ハガキ、和紙製の趣きのあるものを使ったり、たまには色鉛筆で罫線を引いてみたりして。受け取る人の笑顔を思い浮かべながら書いていると、その人と本当に会っているような気分になります。
そして、ふさわしい柄の切手を貼ります。63円はちょっと高いですけどね。それから弾む心で近くのポストへ。返事がすぐに来るとは限りません。ずっと来ないこともあります。でも、なぜかスマホのメールと違って、返事がなかなか来なくてもなぜかちっとも気になりません。
顔も見えず、声も聞こえず…。でも葉書という物が私の手から、郵便屋さんを介して相手の元へ届くというのが、なんとも心地良いのです。不思議ですね。オススメです。
サポーター
- 東京都出身。
〈がん〉発症を機に、都内の病院内がん患者サロンの立ち上げ・運営に関わる。
その後、同院内に『がん情報センター』が開設されたので、それまで勤務していた高校教諭の職を離れ、がん情報ナビゲーターとして病院に勤務(2022年3月まで)。
現在は、若い頃から親しんできた日本舞踊、江戸小唄、古典文学をはじめとした日本の伝統文化を紹介、楽しむ場『想庵』を運営。
プロフィール
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