自分らしく

沈黙の涙のなかで

淡々と、ふと心の底を垣間見せながらも、虚空を漂うように進んでゆく歌。水面のようにそれを映し出す口数少ないピアノ。ギターやフルートもあくまで静か、でしゃばる所が微塵もない。ドラムスは滑らかにボサリズムを刻むが、ベースはどっしりとこれらの音を繋ぎ止めてゆく。そんな音が綴るのはこんな歌詞だ。

誰に言えない涙のなかに、誰にも言えない夢がある
私の心を時々、波立たせるような夢が
でももの言えないから、夢も消えてしまい、
そして、誰にも言えない涙にくれる自分がいる

時々、思い切り笑ってみる、空っぽな心を隠すため、
孤独を紛らわすため
でも、私はそんな笑い屋じゃない
何も言えない、本当に何か言ってみたいのに
すごくがんばったと思うのだけど、途中で腰砕け

私、いつだって、ダメな時にばかり、愛を探し続ける
現実って何なの?どうやったらわかるの?
あなたは私みたいなおバカさん、わかるわけないわね
だからあなたにも誰に言えない夢が、誰にも言えない涙のなかにある

不器用で口下手な、とても繊細な女性の所在無げな寂しさが、シンプルな英語詞から伝わる。だが、愛しているはずの相手の存在感は希薄で、それは彼女の愛が一方的な片思いだからなのだろうか? もしや、相手は彼女の勝手な幻想? ただ最後の二行を読む限り、彼女と相手に全く何の繋がりもないわけではないらしい。

キュートな猫なで声で洒落たジャズを歌うブラッサム・ディアリ―のこの曲、実は彼女が伴侶を亡くした経験を基に作られた曲らしい。なるほど、もう決して会うことの叶わない、手の届くことのない相手への歌というなら、歌詞の不思議な謎めいた部分もストンと腑に落ちる。

ブラッサムはパリで活動していたキャリアの初期、同じャズ音楽家でベルギー人のボビー・ジャスパーと結婚した。その結婚はあまり長続きしなかったが、ほどなくボビーは突然、病没してしまう。7年後にこの曲の最初の録音を発表するが、その出来に満足できなかったのか、さらに6年後にもう一度、録音したのが、伴奏を思い切り切り詰めテンポも落とした、ここで紹介したヴァージョンだ。彼女はこの曲を生涯の主要レパートリーとして歌い続け、85才で亡くなった。ブラッサムの結婚の記録はこの一度だけである。

▼Inside a silent tear/ブロッサム・ディアリ― 
https://www.youtube.com/watch?v=9LZCFlF-BWg

サポーター

坂下健司
坂下健司
いよいよ還暦、そして定年。「この機会に生き方をガラッと変えられないか?」などとずっと考えています。ごく「フツー」の冴えないサラリーマン生活だったわりには、なぜかちょっとした冒険にもいろいろとした巡り合えたし、ここまで生きてこられた恩を自分以外に返さなきゃなぁ、と思う今日このころ。

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