自分らしく
手塚治虫とベートーヴェン
クラシック・ファンだった手塚治虫
私は昭和の少年漫画に熱中した世代です。なかでも手塚治虫は、『鉄腕アトム』や『火の鳥』など数々の名作を繰り返し読んだ漫画家です。読むたびに漫画のコマに吸い込まれるように夢中になりました。
手塚治虫はクラシック音楽の大ファンでした。スピーカーで大音量を鳴らしながら作品を執筆したといいます。チャイコフスキーにベートーベン、ブラームスなどを愛聴していたとか。ブラームスの『第一交響曲』には「打ちのめされた」と、自筆のエッセイで明かしています。クラシック音楽からインスピレーションを得て生まれた作品も少なくなかったのではないでしょうか。
遺作に描かれた『月光』
手塚治虫が晩年にテーマとして取り上げたのは、ベートーヴェンの生涯でした。その作品『ルードウィヒ・B』は、ベートーヴェンが主人公の伝記ですが、フィクションを交えた数奇なドラマが展開します。
ベートーヴェンは聴力が失われるなかでピアノ・ソナタ『月光』を作曲しますが、ドラマはそこで中断しています。手塚治虫が逝去(1989年享年60)したため、未完の遺作となりました。最後の数ページにわたって、『月光』を表現する月と波が大胆な筆致で描かれています。高まりと静けさが繰り返される、あの旋律が聴こえてくるようです。
ベートーヴェンの『月光』を聴くと、描かれることのなかったドラマの想像がふくらみます。手塚治虫はどんな展開を思い描いていたのでしょうか。
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