自分らしく

想庵にて〜2020. 初夏〜

五月。暦の上ではもう立夏を迎えました。街は桜色から若緑へ、そして今、青葉が初夏の日を浴びてきらめいています。想庵のイロハモミジは、このところぐんぐん枝を伸ばしています。柔らかい色の葉が何層にも重なり、風が吹くと緑のなかに木洩れ日の光が揺れて、心が洗われるような美しさです。木の下には苔。関東の気候ではなかなか難しいようで、茶色く枯れてしまったことも何度かありました。今は、スギゴケ、シッポゴケ、ハイゴケ、コスギゴケがなんとか、がんばってくれています。

しゃがみ込んで見ると、魅力的な世界が広がっていますよ。さて、日本には色を表わす言葉がとてもたくさんあります。想庵のこの時季の緑を表わす言葉は…。ひわ色、萌黄、ひわ萌黄、苗色、苔色、常盤色、青竹色。多くの言葉があるということは、微妙な違いを感得できるということ。日本語のすばらしさをしみじみ感じます。

湯川先生

湯川秀樹先生。皆さんご存知のノーベル物理学賞を受賞された方です。物理学にはまったく疎い私ですが、若いころから、湯川先生のお書きになった文に惹かれ、著作を見つけると夢中で読んでいました。

先生は幼いころから漢籍や古典文学などに親しみ、物理学にとどまらずさまざまな文化に造詣深くいらっしゃいました。立派な研究者であると同時に人として、とても好ましく、お会いしたこともないのに私は勝手に自分の師として仰いでいます。緑の想庵で、湯川先生の著作を読み返していたら、次のような文にあたりました。

 


 

真実

現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想できぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。

それにもかかわらず現実はその根底において、常に簡単な法則に従って動いているのである。達人のみがそれを洞察する。

それにもかかわらず現実はその根底において、常に調和している。詩人のみがこれを発見する。

達人は少ない。詩人も少ない。われわれ凡人はどうしても現実にとらわれ過ぎる傾向がある。そして現実のように豹変し、現実のように複雑になり、現実のように不安になる。そして現実の背後に、より広大な真実の世界が横たわっていることに気づかないのである。

現実のほかにどこに真実があるかと問うことなかれ。真実はやがて現実となるのである。

1941年1月 湯川秀樹『目に見えないもの』より

 


 

示唆に富んだ文章です。

サポーター

みうら ゆきこ
みうら ゆきこ
元高等学校教諭。
現在は都内の病院のがん情報センターに勤務、がん患者サロンの運営に携わる。
一方、日本舞踊、江戸小唄をはじめ日本の伝統文化をこよなく愛する生活を送っている。

プロフィール