自分らしく

刺繍ふたたび

古びたクッキー缶

父が他界し、一人暮らしをしていた母の様子を見に実家に通っていたある日のこと。自分が亡くなったときに煩わせたくないとして、家中の片付けを日課にしていた母から「これ、取っておいた方がいいなら、持って帰ってくれない?」と見せられたものは、古びた丸いクッキー缶でした。

蓋を開けてみると、そこには色とりどりの刺繍糸と刺繍枠、数種類のステッチ見本を兼ねて作ったドイリーが入っていて、私が中学生ころまで使っていたものでした。母は手先が器用で独学で洋裁を学び、私と弟が幼いころにはお手製の洋服を作ってくれていたこともあって、そういった母の影響が刺繍に興味をもつきっかけになったのかもしれません。

実家を離れてから何十年もの間、大切に保管をしてくれていたありがたさと懐かしさを感じ、いずれまた刺繍ができるようなときがくればいいなと思い、クッキー缶を持ち帰りました。

おウチ時間が増えて

もともとおウチ派の私はコロナ禍によって増えた在宅時間もそれほど苦にならず、リモートワークと母の在宅介護のかたわら、ライフワークのアクセサリーづくりも続けていました。

あるとき、デザインの参考になるものはないかと探していたところ、ビーズ刺繍をベースにしたアクセサリーが目に留まり、つくってみたいと思い始めました。刺繍は子どもの頃にやっていただけで、専門的に勉強をしたわけではありませんでしたが、自粛生活による外出の機会の減少とともに世間のアクセサリーへの関心が減ったことを感じていましたので、「ここは修行のチャンス」と捉えて、ビーズ刺繍を取り入れた作品づくりにチャレンジしはじめました。

独学も楽しい作品づくり

ビーズ刺繍とは、ビーズやスパンコール、天然石などを針と糸で布や皮などに縫い付ける手法のことをいいます。つくる作品にもよりますが、以前から制作していたアクセサリーに比べて、ひと針、ひと針、ビーズを図案に沿って縫って仕上げ、それをさらにアクセサリーに仕立てますので、時間がかかります。眼精疲労と肩凝りがもれなくついてくる根気のいる作業ですので私には無理かもと思いましたが、始めてみると時間を忘れるほど没頭しています。

参考となりそうな書籍を見たり、ありがたいことに今は動画配信でテクニックの説明を丁寧にしてくれるサイトもありますので、ちょっとしたコツなども調べることができ、コロナ禍の独学もなかなか楽しいものです。実家から持ち帰ったクッキー缶の中身も再利用しながら、今日もチクチクと針を進める毎日です。

サポーター

ひらい まさよ
ひらい まさよ
アクセサリー作家。
子どもの頃から「装う」ことに興味津々。外資系企業勤務のかたわら、全身のコーディネートに欠かせないアクセサリーづくりを独学で始める。大人ならではの装いのアクセントでありつつ、気負わずにさらりと気軽に身に着けられるアイテムづくりを目指す。
被爆者であった父の悪性リンパ腫、大腸がんの10年以上にも及ぶ闘病に寄り添い、夫をも膵臓がんで失うという経験をもつ。

プロフィール