自分らしく

愛人(ラマン) ~失われたあの香りを求めて~

熱帯湿潤アジアでは、灼けつく日差しを昼下がりのスコールの雨が乱暴に冷ます。人々はあわただしく軒下に逃がれ、叩きつけるような雨音と水滴の滴る音が街に溢れた塵芥と炎暑を洗い流してしまう。ひとときの後、既に傾きかけた太陽が再び姿を現わし、柔らいだ光を投げかけると、ほのかに腐敗臭の混じった植物性の、しかし甘い匂いがどこからともなく立ち上り、街は喧騒と活気を大慌てで取り戻す。それは夜明け直後のほんの短時間とともに、この土地が垣間見せる刹那のこの上ない優しさだ。

‟雨が止んで空から引いてゆく。透明さがその雨に取って代わる。まるで裸の空のように純粋な透明さ“(M.デュラス、‟北の愛人‟より)

もう四半世紀以上前のものだが、フランス植民地時代のベトナム南部を舞台にした映画『愛人/ラマン』は、垂直な陽光が降り注ぐ下で揺蕩うメコンの大河、モンスーンデルタの豊潤さ、旧サイゴンのコロニアルな街並みを背景に、宗主国の出身でありながら下層階級に転落してしまった家庭の白人少女と、被支配者ながら経済的に豊かな華人の屈折した性愛を、あのとき、あの土地の、あのむせ返る匂いさえ感じさせるように繊細に描いていた。

そして、この映画の撮影時に僕もベトナムにいたのだ。当時の友人がエキストラとしてこの映画に出演しているし、ロケ地はどこも僕が毎日のように、その前を通っていた馴染みの深い場所だったのだ。「だった」と過去形にしたのは、そんな場所のほとんどが、今やベトナムの急速な発展のゆえにその面影を失ってしまったからだ。

1930年代の‟エキゾチック・サイゴン”さえ映画のなかとはいえ再現させた植民地時代に遡る街並みは、現代的なオフィスビル群にとって代わられた。あの寒気がするほど冷房の効いた鉄筋建築のなかでは、スコールの雨音は単なる機械的な轟音でしかないだろう。そこで人々は、湿潤東南アジアの土地のみが持ち得る、あの風土の匂いと優しさを忘れずにいられるのだろうか? そして、白制服の運転手、アンよ、君は今でも、達者でやっているのかい?

▼参照
The Lover Official Trailer #1 – Tony Leung Ka Fai Movie (1992)
https://www.youtube.com/watch?v=ObXJvC49_4k&t=2s

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坂下健司
坂下健司
いよいよ還暦、そして定年。「この機会に生き方をガラッと変えられないか?」などとずっと考えています。ごく「フツー」の冴えないサラリーマン生活だったわりには、なぜかちょっとした冒険にもいろいろとした巡り合えたし、ここまで生きてこられた恩を自分以外に返さなきゃなぁ、と思う今日このころ。

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